約 936,686 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3623.html
涼宮ハルヒのVOC 第一話 「初音ミクよ!」 ハルヒは自慢げに答えた。 「そのはつねみくってのは何なんだ?」気になったので聞いてみた。 するとハルヒはしかめっ面をして 「初音ミク!! 何よ!知らないの!?」といってきた。 「ああ。まったく分からん。何をするものなんだ?」 俺の質問を無視してハルヒが、 「みんなは?」と聞いた。 朝比奈さんは少し考えて「えぇと・・・わからないです。」 長門は10秒ほど黙ってから「・・・・知らない。」 スマイルを絶やさないエスパー野郎は「不調法ながら、僕もわかりませんねぇ。」 5秒ほどの沈黙。 ハルヒは肩をすくめて 「みんな遅れてるわねぇ!だめよ!そんなんじゃ!SOS団は常に時代の先を行かなきゃいけないの!」 と紙袋から箱を取り出し机において見せた。 箱には「初音ミク」と書いてあり、緑色の髪の毛の女の子がいた。 興味津々に見入る俺たち。長門もさっきから文庫本を閉じ、こちらに顔を向けている。 「これは・・・何かのソフトですか?」と古泉。 するとハルヒが「そのとおりよ!冴えてるわね古泉君!」 「このVOCALOID・・・って何だ?」 「それはヴォーカル・アンドロイド、VOCALOIDでヴォーカロイド!こんなのもわかんないの!?」 なんか俺と古泉で対応が激しく違うんだが・・気にしないことにした。 「・・・」長門はただ見ている。 頼むからなんかしゃべってくれよ・・出番無くなっちまうぞ? 「・・・ユニーク」 「・・・それだけ?」 「それだけ」 だめだこりゃ。 「髪の毛の色は鶴屋さんみたいですね。かわいいです。」 と朝比奈さん。 いえいえ、あなたも十分にお美しいですよ。 もちろん口には出さないぞ? 痺れを切らしたハルヒが説明しだした。 「要するにこれは音と言葉を設定して歌ったり喋ったりしてくれる夢のソフトよ!」 俺はその説明書を限りなく噛み砕いて液状化させたような説明でやっと理解した。 そして聞いてみた。 「それで何をするんだ?ハルヒ。」 すると、それが当然とでも言うかのような平然とした顔で 「そんなもの考えてないわ!」 ため息をついて肩をすくめてみた。 「まず買うの!それからかんがえるの!あぁ~~!SOS団員がまた増えたわねぇ~!この子は大切に育てていくのよ!そうすれば心が通い合っていくに違いないわ!」 その後、わざわざコンピ研を隣から呼び出して 「インストールとかセットアップがめんどくさいからやれ!」 と命令し、すべての準備をコンピ研にやらせた。 最初はコンピ研も拒否していたが、「しゃ・し・ん!」ハルヒの」一声でおとなしくなってしまった。哀れ。 結局、全工程が終了したころにはもう外が暗くなり始めていた。 「早速はじめてみるわ!」とハルヒが言ったところで長門が文庫本を閉じて立ち上がった。 「・・しょうがないわねぇ・また明日って事で!じゃあ解散!」 こうして俺は帰路についた。 部室で聞いたハルヒのせりふに一抹の不安を抱きながら。 夜中の部室。 プツン! ジーー 「ア゛… ヴ・・ い゛」 プツン!
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4697.html
「久しぶりにオセロでもやらないか?古泉」 古泉君がきちんと整列した真っ白い歯を輝かせ、微笑む。 「長門、この前貸してくれたあの本、思いの他面白くてさ。昨日の夜もつい遅くまで読み耽ってたぜ」 有希が膝の上に置かれた本を黙読することを中断し、ゆっくりと顔をあげる。 「いやあ、朝比奈さんの淹れたお茶は何時飲んでもおいしいなあ」 みくるちゃんがお盆を抱え、少し頬を赤らめた。 いつもと何ら変わりの無い放課後だった。 今日もこうして時間は過ぎ、日が暮れる頃にハードカバーの閉じる音がした。 下校の合図。これもごく日常的な習慣。 次々と席を立ち、帰り支度をした後に、 「それでは、皆さんお気をつけて」 まずは古泉君が、 「……また明日」 その次に有希が文芸部室を後にする。これもごく日常的な帰宅の流れだ。 「それじゃあ…着替えるから」 そしてみくるちゃんが、 「待っててくださいね、キョン君」 とはにかむ。 いつもと何ら変わりの無い放課後だった。 鮮明に刻まれた記憶。身体と車が接触する瞬間。 それはすれ違い様に肩と肩をぶつけることとまるで変わらない、ほんの一瞬の出来事。 その一瞬の間にあたしは、「嗚呼、スローモーションになんてならないじゃない」、そんなことを辛うじて考えていたような気がする。 命の終わりなど本当に呆気ない。 そうして、あたしは死んだ。今から丁度一ヶ月前の出来事だ。 けれどあの時、事故に遭ったのはあたしだけではなかった。 キョン。 一緒に事故に遭ったキョンは奇跡的に無傷だった。 あたしは死に、そしてアイツは生きている。 あたしという存在を無かったことにして。 ――涼宮ハルヒの忘却―― あたしは毎日、キョンが「あたしの存在など無かったかのように」過ごすのを傍観している。 事故の日から今日まで、誰一人あたしのことについて触れることは無かった。 不自然に置かれている団長席、教室の机。それについてすらも誰も疑念を抱かない。 忘れてしまっているのだ。キョンは勿論、みくるちゃんも有希も古泉君も、谷口も国木田も鶴屋さんも、終いには家族でさえもあたしのことを忘れている。 あたしの部屋はあたしが使用していたそのままで残っているにも関わらず、家には遺影も位牌も置かれていない。葬式だって行われた様子は無い。 あたしの生きた痕跡が残る中で、『存在が無かった』と自然に振舞っている姿は苦笑してしまうほどに不自然極まりなかった。 最初は何かの冗談だと思った。 元々あたしは死んでなんていなくて、皆があたしを忘れたフリをしているのだと。 でも事実あたしは死んでいた。何かに触れることは勿論地に足をつけることもできないし、誰に話しかけたところでそれが聴こえることは無い。 あたしはあの時事故で死んだ、それは紛れもない事実だ。 そして、あたしという存在が無かったとされているこの世界…これも事実、現実の出来事なのだ。 「……朝比奈さん、あの……」 「何?キョン君」 「あの、えっと手、繋いでもいいですか?」 「えっ、あ……えっと、どうぞ……」 「……」 「……」 「……」 「……キョン君?」 「はっ、はい?」 「ふふ……みくるでいいって、何度も言ってるじゃない」 「あ」 「それにその敬語もやめてよね」 「はい……じゃない、……わかったよ、みくる」 あたしは、手を繋いで下校する二人のすぐ後ろをつけていた。 距離にして5センチも無いだろう。時折歩くペースが乱れ身体が重なることもあるが、二人が気付くことは無い。あたしの身体はもう物理的接触を行えない。 あたしはただひたすらキョンの顔だけを見ていた。この男の頬が赤いのは夕日に照らされているせいなのか。 それとも。 『ねえキョン』 キョンは答えない。 「あさひ……みくる、明日って暇か?」 『何してんのよ』 キョンは答えない。 「そうか、よかった。どこか行かないか?」 『何忘れてんのよ』 キョンは答えない。 「映画か……そうだな、見たいものでもあるか?」 『アンタ、言ってたじゃない』 キョンは答えない。 「じゃあそれにしよう。……俺?俺は何だっていいんだ、みくると一緒なら」 『……キョン』 キョンは答えない。 「それじゃ、また明日な……」 無言で見つめあう二人。それを無言で傍観するあたし。 キョンとみくるの唇が重なると同時に、あたしの唇から自然と言葉が零れていく。 『アンタはあたしを裏切ったのよ』 軽く触れるようなキスを繰り返す二人。深くお互いを求め合う二人。 抱き合う二人。見つめ合う二人。幸せそうに微笑む二人。 次第に胸の奥底からふつふつと湧き上がる感情。 憎悪。 『……許さない』 あたしはキョンを憎んでいる。 あたしを忘れたキョンを憎んでいる。 あの言葉を忘れたキョンを憎んでいる。 ―――地獄の果てまで着いていくぜ、ハルヒ。 アンタだけが生きて幸せになるなんて、そんなの絶対に許さない。 ◇ ◇ ◇ 純愛映画デート。いかにもみくるちゃんが憧そうな王道プランだが、そんな反吐がでるようなベタな事をこの男が好むはずが無かった。 にも関わらずキョンは終始ニヤニヤと楽しそうにしていて、あたしは反吐が出そうだった。 実にくだらない。 使い古された展開ばかりのB級映画に金を払うなんて。 その程度の物で感動してしまうような安い女の涙を拭ってやるなんて。 あたしはこの間抜け面をぶん殴ってやりたい気持ちで一杯だった。 無論、それが可能なら今にも実行していたことだろう。 立ち寄った喫茶店でロイヤルミルクティーと鼻水を啜る女に、キョンはハンカチを差し出した。 「いい加減泣き止んでくれよ、みくる……」 「ふええっ、ぐすっぐすっ……ごめんなさぁああい……」 キョンは目の前のみくるちゃんを気遣いつつも、周囲に視線を配っては居心地悪そうに背筋を丸めていた。 店内の客の視線を一斉に浴びてしまうのも無理は無い。傍から見れば別れ話をしていると思うのが自然だ。 ようやくそれに気付いたみくるは、絞れる程に涙を含んだキョンのハンカチで目を懸命に擦る。 「おいおい、目が腫れるぞ」キョンは腕を伸ばしてみくるの手を掴んだ。 「うん…ぐすっ、もう平気…ごめんねキョン君…」 「謝るなって」 キョンは呆れたような声で盛大に溜め息を漏らしたが、行動とは裏腹に、愛おしそうに、大切そうにみくるちゃんを見つめていた。 嘲笑わずには居られない。 馬鹿馬鹿しいことこの上なかった。この男はみくるちゃんを愛してなんかいないし、大切に思っているわけでもないのに。 ただこの可憐でか弱い、男性の理想を具現化したような彼女を気遣う行為が気持ちいいだけ。守ってあげることで気分を良くしているだけ。 要は、自分に酔っているのだ。 自己満足。何て醜いのだろう。 この最低男。 「なあみくる……俺の家に寄って行かないか?今日は、その……親も妹も居ないし」 極めつけがこれだ。 ――この、最低男。 「えっ……キョン君の、家……?」 その言葉の意味を理解したみくるちゃんは顔を真っ赤にし俯いた。しかし拒否することはしない。それは肯定の合図だった。 「いい……のか?」 「うん……」 「そ、そうか……じゃあ……えっと……い、行こうか!」 喜びを隠せないのか、それとも照れているのか。キョンは慌しく席を立つと伝票を取った。 「あ、キョン君、私払います!」 「いいんだよ、俺に払わせてくれ」 「でも私、映画代もキョン君に払ってもらっちゃったし……」 申し訳なさそうにするみくるちゃんの頭を優しく撫でたキョンは、 「……癖なんだよな」 不思議そうに首を傾げながらそう言った。 何が癖よ。この馬鹿。 堪えきれなかった喘ぎ声と、二人分の荒い呼吸が湿った部屋に充満していた。 経験など微塵も無い。AVの類を見たことも、夜中に両親の真っ最中を目撃したことだってない。 そんなあたしが衝撃を受けるには、初めて同士のつたない行為でも充分すぎるほどだった。 苦痛に顔を歪めつつも、時々悦びの声をあげ上の男にしがみついていて。 欲望に思考を乗っ取られ、機械のように腰を振って女を打って。 なんて醜い行為なのだろうと思った。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。 それでもあたしは耳を塞ぐことも目を瞑ることもしなかった。 そうして一部始終を見届けてやったあたしは、行為を終えて余韻に浸る二人に吐き捨てた。 『……不潔よ』 「みくる」 「なあに?」 「幸せか?」 「……うん」 「そうか、よかった」 キョンはみくるちゃんの白く細い肩に優しく手を添えると、ゆっくり自分の胸に引き寄せた。 みくるちゃんは満足そうな吐息を漏らし、キョンの胸に耳を当て瞳を閉じている。 淀んだ空気の中、不意にキョンが呟いた。 「俺たち……何もおかしいことなんてしてないよな?」 酷く擦れた言葉だった。 「何……突然言い出すの?」 みくるちゃんは身体を起こそうとしているが、キョンの腕は彼女を離そうとしない。 そのままでキョンは続ける。 「これで……このままで居ていいんだよな?幸せに浸っている俺たち、何もおかしくなんてないんだよな?」 「どうしてそんなこと聞くの?」 みくるちゃんの声が不安に染まった。あたしも先程まで考えていたことなど忘れ、キョンの次の言葉を待つ。 「みくるは何もおかしいと思わないんだな?」 「えっ、うん……どうして?何がおかしいと思うの?」 「……いや……そうか、そうなんだよな」 キョンはみくるちゃんから離れると、気だるそうに上体を起こした。 「じゃあ、何でもないんだよな。きっと……」 「キョン君……?」 隣に居るみくるちゃんのことなど忘れてしまっているのか。キョンは独り言のようにポツリ、ポツリと呟く。 「これでいいんだよな?…………なぁ……」 宙を見つめるキョンに、あたしは届かぬ問いを投げかける。 『誰に話しかけてんのよ、アンタ』 キョンの瞳は、虚ろだった。 ◇ ◇ ◇ 翌日の文芸部室。 空席…つまりあたしの定位置だった団長席に腰掛けながら、いつも通りの放課後を眺めていた。 昨日のキョンの言葉で、あたしは確信した。 キョンはこの不自然さに気付き始めている。 この世界は不自然で、忘れている何か、見逃している何かがある。その何かがわからぬ自分に苛立ち、そして怯えているのだ。 ―――それが実に愉快だった。 昨日から笑いが止まらない。止められない。間抜け面が溜め息をつく度噴出しそうになるくらいだ。 全てを思い出した時、キョンの前に姿を現すことができるだろうか。……いや、この際出来なくったていい。 ただこの男がどん底に落ちてくれればいいのだ。 この男が絶望に襲われ、苦痛に顔を歪め泣き叫ぶ姿を見たいがために、今あたしはここに居る。 あたしを忘れ、無かったことにしたこの男に制裁を。 それだけがあたしの望みなのだ。 「なあ古泉」 「はい、何でしょう」 「何か違和感とか感じてないか?ここ最近」 「違和感……ですか?特に感じませんが、それはどういった違和感なのですか?」 「いや……それならそれでいいんだが、長門は?」 「……特に、何も」 「そうか。そうだよな……」 そう、それでいい。 キョン以外の人間があたしを思い出すことだけはあってはならない。 一番最初に思い出すのはキョン、アンタでなければならないのよ。 誰かに告げられた事実ではなく、アンタが自分の頭で思い出して一人苦悩するの。 それが最高のシナリオ。 下校時刻になる。 「それでは、皆さんお気をつけて」 「……また明日」 有希と古泉君が部室を後にし、文芸部室にはキョンとみくるちゃんの二人が残った。 二人っきり――といってもあたしが居るのだが――の空間で少し語らった後、「あ、もうこんな時間」とみくるちゃんが慌しく立ち上がる。 「それじゃキョン君、着替えるから外で待っててね」 「ああ」 返事をしつつも、キョンは立ち上がらない。 「えと、キョン君?」 キョンは答えずに、ポカンと口を開けた彼女を凝視している。 みくるちゃんは何かに気付いたかのようにハッとし、戸惑いながら、 「あの……昨日の今日で言うのもなんだけど……えっと、やっぱり学校だし、着替えくらいは……あの」 「……あ、いや、そういうつもりじゃないんだ、すまん……」 キョンはポリポリと頭を掻きながら立ち上がるが、やはりそこを動こうとはしない。みくるちゃんを見つめたまま立ち尽くしている。 「キョン君、やっぱり昨日から変よ……?」 「何があったの?」と心配そうに尋ねられると、キョンは意を決したかのように真面目な顔をし、 「…みくる、一つ聞いていいか?」 「えっ?」 「そのメイド服は……―――自分で用意したのか?」 あたしは、自然と口端が吊りあがるのを感じた。 「……ほえ?こ、この服のこと?」 みくるちゃんはスカートを摘み上げ自身が纏うメイド服を凝視した。 「……あれ……どうだったっけ……?えと」 「なあ、その服、自分で着たいと思ったのか?」 「えっと……ううん、そうじゃなかったような……あれ……?」 みくるちゃんは心底不思議そうに首を傾げた。 対して私は笑っていた。そう、そうよ。アンタは思い出さなくていい。 「みくるは、そのメイド服を毎日着るよう誰かに義務付けられた……なあ、違うか?」 キョンはみくるちゃんの両肩を押さえつける。 「おかしいだろ?俺やみくるだけじゃない、皆そのことを忘れてるんだ。なあ、これっておかしいと思わないか?」 「やっ……ちょっ、と」 「頼むから思い出してくれよ、みくる」 「わっ、ふっ、やめっ」 キョンはみくるちゃんの身体を激しく揺さぶりながら続ける。 「何のために毎日メイド服なんて着てるんだ?誰に言われて着るようになったんだ?なあ!」 「痛っ、痛いよ、キョン君っ……」 「なんで誰もおかしいと思わないんだ!なんで俺は思い出すことができないんだ!!俺は……俺は一体何を忘れてるんだ!?なあ、教えてくれよみくる!」 一層大きな声で怒鳴りつけると、キョンは我に返ったかのようにみくるちゃんから離れた。 「ひっ……ぐすっ……うっ……う、うっ……」 「あ……す、すまん、すまない……」 身体を震わせすすり泣くみくるちゃんにもう一度手を伸ばすも、それは弱弱しく払いのけられる。 みくるちゃんは先程の言葉とは裏腹に、泣きながらメイド装束を脱ぎ始めた。慌しく着替え終えると、乱暴に鞄を取り小走りで文芸部室を飛び出していった。 キョンはその背中を見届けた後、悪態を吐きながらパイプ椅子を思い切り蹴りつけた。 椅子と椅子が激突する音と、キョンの怒鳴り声が文芸部室に響き渡る。 『…キョン…』 その様子を傍観していたあたしは、無意識に間抜けなあだ名を呟いていた。 その声が聞こえたかのように、あたしの居る方に視線を向けるキョン。そのまま凄まじい形相でこちらに近づいてくる。 「何なんだよ!ここには誰が座っていたんだ!……俺は何で思い出せねえんだよっ!!」 キョンが机に拳を叩きつける。渇いた音と共に机が軋む。 「畜生!」 きっと10センチも無いだろう。その先に、キョンの顔があった。 こうして至近距離に居ても、キョンがあたしと目を合わすことは決して無い。 キョンが見ているのはあたしでは無く、この席に座っていた『誰か』なのだ。 こんなに近くに居るのに、キョンの荒い息はあたしにかからない。 こんなに近くに居るのに、キョンはあたしに気付かない。 こんなに近くに居るのに、キョンはあたしを思い出さない。 『……あたしはここに居るわ!キョン!!』 キョンは答えず、俯き、歯を食いしばるだけだった。 キョンが苦しんでいる姿。あたしは何よりもそれを望んでいたはず。 それなのに、どうしてかすごく気分が悪かった。 ◇ ◇ ◇ キョンが帰路についた後も、あたしは文芸部室に残った。 キョンが苦しみ、取り乱した姿が目に焼き付いて離れない。 今まで間抜けで能天気なアイツばかり見てきたのだから、アイツのあんな様子を見て動揺するのも無理は無い。 しかしあたしはこうなることを望んでいたはずだ。 今のあたしの心境は矛盾している。 どうして願いが叶ったにも関わらず、こんなにも不愉快なのだろう。 ならば、あたしはどうしたかったのだろうか。 『笑っちゃうわね。あたしは恨んでいるのよ、アイツを』 『アイツは地獄の果てまで着いて行くって誓ったのよ』 『それなのにアイツはあたしを忘れてみくるちゃんと……』 『許せるはずないじゃない』 『あんな奴苦しんで当然なのよ』 『アイツだけ幸せになるなんて……そんなの……』 あたしはアイツへの憎しみを確認するかのように独り言を呟いた。 それでもあたしの心が晴れることは無い。むしろ逆効果だった。 『あたしは…』 あたしはどうしたかったのだろう。どうなってほしかったのだろう。 何故? 今となっては思い出すこともできない。 あたしが何を望み、どうしてここに居るのか。 あたしは…何かを忘れている? そんな時だった。 もうとっくに下校時刻を過ぎた今、文芸部室のドアを開かれたのだ。 『キョン!?』 ドアを開いたのは他ならぬキョンだった。 キョンはひどく疲れていたようだった。げっそりとした顔に、腫れた赤い目。よろよろとパイプ椅子に腰をかけると、宙を見つめ呟いた。 「……思い出せないんだ……」 うわ言のように繰り返される言葉。 「忘れてしまったんだ……大切な、何かを」 『……どうして、思い出せないの?』 あたしはこの男の独り言に、無意識に返事をしていた。何となく、キョンが返答を求めていたような気がしたからだ。 当然返事は無い。キョンはそれから目を閉じたまま動かなかった。 再び訪れる沈黙。あたしはキョンの胸中を伺えず、諦めて部室の外へと視線を移した。 怪しく浮かぶ月には雲がかかり、この不自然な世界に灰色の光を降らしていた。 灰色の世界。二人きりの学校。 思い出されるのは、おかしな夢、交わしたキス―――…… ああ、 なんだ、そうか。 そうだったんだ。 『キョン……』 あたしはキョンの方へと向き直った。目を閉じている彼の頬を涙が伝っている。 キョンの頬へと手を伸ばし、それを拭おうとした。 触れられない。 もうキョンに触れることすらできない。 死んでしまったあたしには、キョンを哀しませることしかできないのだ。 『……忘れていたのは、あたしの方ね』 キョンがあたしを忘れたのは、他でもないあたしの願いだった。 彼を哀しませないためにあたしが望んでやったこと。 涼宮ハルヒという存在をを無かったことにしたのは、涼宮ハルヒ自身だったのだ。 どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。 全てはキョンが好きだったから。 あたしは一番大切な気持ちを忘れてしまっていたのだ。 『……キョン』 もう触れられぬとわかっていても、あたしは何度も彼の頬を拭った。 『思い出さなくていい……もう苦しまなくていいのよ』 拭えぬ涙は止め処なく流れ続けていた。 それでもキョンは心なしか、頬を撫でられ擽ったそうにしているように見える。 キョンの体温が温度を持たぬこの手に伝わってくるような気さえしていた。 『好きよ、キョン』 もう涙すら流せないこの身体。 もう触れることすらできないこの身体。 もうキョンを哀しませることしかできない、あたしの存在。 『あたし……行くわ』 これで最後と、あたしはキョンの頬に手を添えるようにした。 そしてそっと唇を近づける。 灰色で、二人っきりの世界。 アンタはキスをして夢から覚める。 そして次に目を開けた時、アンタは完全にあたしを忘れる。 今度は痕跡も無くあたしは消えるわ。 だからもう苦しまなくていいのよ。 ごめんねキョン。 アンタは生きて……幸せになって。 好きよ。 好きよ。 大好きよ。 誰よりも愛してるわ。 だからあたしを忘れなさい。 あたしはアンタを忘れない。 アンタを好きなこの気持ちを二度と忘れない。 「……ハルヒ」 最後に、キョンのうわ言が聞こえたような気がした。 「勘違いしないでよ。あたしはアンタを彼氏にするつもりは無いわ!」 「な、なんだと?」 「その代わり、団員その1は永久名誉雑用係に昇進です!」 「……はあ?ハルヒお前、何言って……」 「だからアンタはずっと、一生、死ぬまであたしの傍に居なくちゃならないの。仕事だって今までの何倍も増えるわよっ!覚悟しなさい!」 「…………」 「……ちょっとキョン、聞いてるの?」 「ああ。地獄の果てまで着いていくぜ、ハルヒ」 終
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2653.html
「キョン、キョン! しっかりして! 谷口も怪我しているじゃない!? 大丈夫なの?」 「俺は大丈夫だ。谷口の方がまずい。早く連れて行かないと」 「ならあの人たちのところへ連れて行って!」 ハルヒが指さした方――丘の麓を見ると、ヘリが数機着陸してそこからわらわらと兵士たちが降りていた。 さすがに手際がよくて助かるよ。 俺は何とか谷口の手を肩にかけさせ、ゆっくりと丘の下に向かって歩き出す。俺の足も相当酷くなってきていたが、 古泉が支えてくれるおかげで何とか歩くことができた。 「キョンよぉ……終わったんだよな……全部……あの子に逢えるんだよな……」 「ああ、そうだ谷口。全部終わったぞ。これでお前にとっては完膚無きまでハッピーエンドだ」 意識が朦朧としているのか、はっきりしない口調で話す谷口を、俺は必死に励ました。 もうちょっとだ。がんばれよ谷口。 ほどなくして、丘の下までたどり着く、そこでは兵士たちが俺たちをじっと取り囲むように見つめていた。 その視線からは敵意なのかなんなのか読み取れない。 思わず俺は朝比奈さんに背負われているハルヒの手を握った。 「キョン?」 そんな俺にハルヒは不思議そうな視線を向けてくる。 機関の流した偽情報のおかげで、ここにいる全員がハルヒを憎んでいるかも知れない。ひょっとしたら、怒りにまかせて 襲ってきたりするかも知れん。だが――例えそうなろうとも、俺はハルヒを守ってやる。朝比奈さんも長門も古泉も谷口もだ。 そんな微妙な空気の中、俺たちはその中を突き進む。来るなら来やがれ。ただじゃやられねえぞ。 その時、誰かが唐突に叫んだ。 ――女神様のご帰還だ! それに呼応するように、辺り一面から歓声が爆発した。周りにいる人間という人間が、全員拍手なりジャンプなりして、 俺たちに祝福を投げつけてくる。まるでサヨナラホームランを打った選手に対する歓声のように。 「ど、どうなってんだ、これ……!?」 あまりの状況に俺は目を白黒させていたが、ハルヒは何の疑問も持たずに、周りの人間たちに手を振っていた。 すぐに、俺たちの元に担架を持った兵士たちが現れ、谷口をそこに乗せる。そして、すぐに応急処置を始めた。 展開について行けていなかった俺に対し、古泉はぽんと肩に手を置くと、 「涼宮さんはあなたの言葉を信じたんですよ。2年間、他の人の人間の言う事なんて全く耳を傾けなかった涼宮さんが、 あなたのたった一つの嘘を心の底から信じたんです」 ……なんてこったい。それでこんな風にハルヒを歓迎するような世界ができあがってしまっていたって事か。 しかし、悪いことだとは思わないね。さっきも言ったが、ハルヒの働きぶりを見れば、これの方が正しいんだよ。 「その通りです。僕も困難な仕事をせずにすんでほっとしていますよ」 そういつものインチキスマイルを浮かべている。 やれやれ。これでようやく終わりか。 ◇◇◇◇ 谷口を乗せたヘリが飛び立つ。あいつの怪我の具合は緊急は擁するが、今すぐ命の危機というレベルまでは いっていなかったようだ。俺はそれを聞いたときにほっと胸をなで下ろした。全く大げさなんだよ、あいつは。 次々と国連軍の増援が到着し、閉鎖空間のあった場所に向けて進撃していた。まだあの化け物どもが どこかに残っているかも知れないから掃討作戦の実施中だ。あとはプロの方々に任せておこう。 当然、森さんたちの救出も要請している。 ふと、朝比奈さん(長門モード)がそらをじっと眺めていることに気が付いた。 「何やってんだ?」 「…………」 俺の問いかけに、長門は答えようとせずしばらく沈黙を続けた。 どのくらい経っただろうか。すっと視線を俺の方に向けると、 「涼宮ハルヒが自らの能力に対して、ある程度の自覚を有した件についての検討が始まった」 「……お前の親玉たちか」 「そう、その意味を危険視する勢力が情報統合思念体の中でも大きくなりつつある。強制措置を執るように求める動きもある」 長門の言葉はいつもの通り平坦で無感情だった。しかし、俺にははっきりとその感情が読み取れた。 明らかに怒りに震えている。 俺はぽんと朝比奈さん(長門モード)の肩に手を置くと、 「で、長門はどうするんだ? 連中の言うままに従うか?」 「情報統合思念体の判断を確認し、わたしの望まない決定だった場合は拒絶する。わたしの意思はここにいること。 わたしたちを破壊しようとするものがいれば、それが誰であろうと――情報統合思念体の意思だとしても阻止する」 ――長門は俺を深く見つめて、 「誰の好きにもさせない」 「……そうかい」 よく言ってくれたよ、長門。お前もSOS団には必要なんだからな。 俺はそう思いながら、長門の背中を数回叩いてやる。 と、辺りにざわめきが起こった。振り返ってみれば、丘の頂上から4人の人間がこっちに向かって降りてくる。 確認するまでもない。森さんたちだ! ここで古泉が森さんたちめがけて走り出す。俺も足を引きずりながらその後を追った。 「無事だったんですね……! よかった!」 歓喜の笑みを浮かべる古泉に、森さんは特有のにこやかな笑みを浮かべ、 「ええ、おかげさまで。でも怪我が酷いから、すぐに手当を」 「わかりました」 古泉は手近にいた兵士たちを呼び、担架を持ってこさせる。森さんは見事なまでに無傷だったが、 新川さんは軽傷、多丸兄弟はかなり辛そうだ。谷口と同じくとっとと病院に運ばないとまずいな。 すぐに負傷した機関の人たちを担架に乗せて、応急処置が始まる。話を聞く限りではこっちも命に別状はなさそうだ。 よかった。これで国木田を入れても全員無事に帰還できたって事だ。完全無欠なまでにハッピーエンドだ。 ふと、唯一無傷だった森さんが手を高く掲げて立っている。俺はその意味がわからなかったが、古泉はなるほどと理解したらしく 古泉も手を挙げて二人でハイタッチをした。成功の祝いのつもりなのだろう。きれいで心地いい音が辺りに広がる。 あの二人、いいコンビになりそうだな。 「あの、キョンくん」 可愛らしい声が聞こえたんで、軍隊的敬礼ばりに拘束180度回転してみると、そこには麗しき朝比奈さんのお姿が。 ちょっとおどおどした感じであるところをみると、朝比奈さん(通常)のようだ。 全くこのお姿を見るだけで全身泥だらけだというのに、まっさらに清められていくような気分だよ。 「その……ですね……」 何が非常に言いづらそうな感じを続ける朝比奈さんだったが、やがて少し目に涙を浮かべつつ、 俺にあるものを突き出してくる。 ……おいおい朝比奈さん(大)。いくらなんでも空気が読めてなさ過ぎだろ。 俺の目の前に突き出されたのは、何度かみかけたことのあるファンシーな封筒だった。 あの朝比奈さん(大)から送られてくる未来からの指令書。このタイミングで送ってくるなんて何を考えているんだ? ただ、目の前にいる朝比奈さん(小)もこれには不満そうだった。ただ、組織上、従わざるを得ないのだろう。 即座に俺はそれを手に取ると、ひらひらと振って見せて、 「朝比奈さん」 「はっはいっ!」 「燃やしていいですか?」 「はっはい! ――ええ!?」 思わず了承してしまったようだが、朝比奈さん(小)はすぐに撤回した。ま、そりゃそうか。 古泉のように現代レベルの組織的関係ならあっさりと破れるのかも知れないが、朝比奈さん(小)ぐらい未来だと、 脳内に変なチップを埋め込んで、外部から操るなんていうマネすらできそうだからな。 「そそそそそそそれはだめですぅ! あ――いえ、別に未来からの指令を優先とかじゃないんですよ? でもでも、えーとぉぉぉぉ」 あたふた。おろおろ。うーん、朝比奈さん(小)はやっぱり可愛すぎる。本気で抱きしめて差し上げたい。 まあ、そんなことはさておきだ。 「そう言えば、この封筒の中身に何かが書いてあった場合は、強制的にそう動くようにされるんですよね?」 「ええ、そうです……だから、一度開けたら従うしか……」 朝比奈さん(小)の言葉に、俺はその封筒を懐にしまうと、 「じゃ、開けないでおきましょうか。今は、ですけどね。俺ももうくたくたですから。一眠りしたあとでもいいじゃないですか」 「えっ――ええと、そうですねぇ……たぶん、それでいいんじゃないかとぉ」 朝比奈さん(小)はしばらく首をかしげていたが、まあどのみち俺は開けるつもりは全くないけどな。 それに俺の勝手な憶測かも知れないが、この封筒の中には大したことは書いていないんじゃないかと思う。 きっとハズレとか書かれているに違いない。朝比奈さん(大)が伝えたいことは、手紙の内容じゃなくて手紙の存在さ。 わざわざ朝比奈さん(大)が以前に送ってきたものと同じものを使用しているしな。言いたいことは手に取るようにわかる。 ――わたしは無事ですってね。 ◇◇◇◇ 「よっ、ハルヒ」 「何よ」 ちょっと不満げなハルヒの返答。用意されたパイプ椅子に座って、しきりに自分の足をさすっている。 「あーもー、うっとうしいわね、この足! 2年ぐらい使わなかったぐらいで動かなくなるなんて根性が足りないんだわ」 無茶を言うな無茶を。というか、ハルヒが足が動くと思っていたらとっくに動いているんだろうから、 きっと自分の中で2年も使わなければこうなるという考えが固定されてしまっているんだろうな。 「で、さっきまでのサインと握手攻めはもういいのか?」 「さあ? えらい人に散らされたから、したくてもできないんじゃないの?」 ハルヒはそうあっけらかんと言った。 ついさっきまで救世の女神様、涼宮ハルヒ団長殿に謁見+握手+サインを求める兵士たちで大行列ができていた。 まあ、見た目と能力だけならパーフェクトな奴だからな。直接接触しない限りは、ファンは増殖の一途だろう。 しかし、堅物そうな上官の出現により、クモを散らすように解散させられてしまった。軍隊ってのは規律第一だからな。 仕方がないだろう。 ……しかし、その上官がこっそりハルヒのサインをもらっていたことは、絶対に口外してはならない機密事項だ。 うかつに口にしたら射殺されかねない勢いで睨みつけられたからな。娘にプレゼントするらしい。 「ちゃんとSOS団のアピールをしておいたわよ! サインももちろんSOS! ヘルメットとか、迷彩服の後ろに でかでかと書いておいたから、宣伝効果は抜群よね、きっと!」 おいちょっと待て。どこの世界に、『SOS』と書かれた装備を持って作戦に参加している兵士がいるんだ? みんなそろってヘルプミーなんてどこの漫才集団だよ。 しかし、そんなハルヒを見て、俺は安堵を覚える。2年もずっと離れていたし、その間ハルヒも色々あっただろうが、 こいつのポジティブ傍若無人ぶりは全く変わっていないからだ。よっぽど、頑固な性格をしているんだろうな。 「……何よその目! あたしの顔に何か付いているわけ?」 「いーや、相変わらず可愛くない顔してるなと思っただけさ」 そんな俺の反応に、ハルヒはアヒルと猫を合わせたような顔つきで、シャーとこちらを威嚇してくる。 と、古泉がヘリの前に立ってこちらに向かって手を振り、 「みなさん。これ以上ここにいても仕方がないので、手近の基地に移動することになりました。乗ってください」 そう呼びかけている。 「だとよ。行くか」 「そうね。じゃあ――」 そう言いながらハルヒは自力で立って歩こうとし始めた。 「おい無茶するなよ」 「何いってんのよ。こういうリハビリは普段からの心がけが重要なのよ。あとは気合いと根性で――うひゃあ!」 案の定、足をもつれさせて倒れそうになるハルヒを、俺は襟首をキャッチして救出してやる。 いきなり一人で歩けるわけないだろうが。焦る気持ちはわかるが、まあ落ち着いていこうぜ。 「むー」 ハルヒは不満たらたらに口をとがらせているが、何だかんだで俺の肩に手を回してくる。 もうちょっと素直にならないと、周りの男が逃げていく一方だぞ。 「そんな軟弱な男なんて必要ないわ。我がSOS団では活発で行動力のある男子を求めているの。 キョンももっとしっかりしなさいよ。そんなんじゃ、栄えあるSOS団の一員はつとまらないわ。 これからどんどんグレードアップしていく予定なんだからね!」 「へいへい。でも、少しは休ませてくれよな」 「団長として特別に1日だけ休暇を上げるわ。でも、それもただごろごろしているだけじゃダメよ。 あたしが明日以降、みっちり充実した休日の取り方を指導してあげるからね」 「いや、その前にお前はリハビリが先だろ」 「そんなの車いすでも何でも使えばできるじゃない」 やれやれなんつーポジティブぶりだ。ここまでくると、あきれるどころか尊敬してくる、全く。 そんな話を続けながら、歩き続ける。ヘリの前では古泉に加え朝比奈さん(長門入り)がすでに待っていた。 「なあハルヒ」 「なに?」 「……これからもSOS団をよろしく頼むぜ」 俺の言葉にハルヒは、びしっと空に向けて指さすと、 「あったりまえじゃない! SOS団の活動は永遠に不滅なんだからね!」 ~~完~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3115.html
事件が起きたのは、高校3年生の春だった。 SOS団に引きずりこまれて約2年が経過し、もうすっかり身体のリズムがSOS団に順応してしまった。 そして俺は、1つの決心をした。ハルヒに告白をすることを。 なあなあで来た俺達の関係を、1つの形にしようと思い立ったってわけさ。 部活終了後、俺は他の3人を先に帰らせてハルヒと二人きりになった。 「なによあたしだけ残して。言っておくけど、くだらない用事だったら死刑だからね。」 「ハルヒ……俺と付き合ってくれ。」 「……え!?」 「お前が、好きなんだ。」 「……このバカキョン!!言うのが遅いのよ!あたしだってアンタのこと好きだったんだからっ!」 と、まあこうして俺とハルヒはめでたく付き合うことになったわけだが、 翌日、部室でとんでもない事実を告げられた。 「よう。ハルヒは掃除当番で遅れるんだとさ。」 「あなたに伝えたいことがある。」 いきなりなんだ。またハルヒ絡みか? 「そう。……涼宮ハルヒの能力が、完全に消失した。」 「な、なんだって!?」 いきなりだなオイ!そんなに突然消えるもんなのか!? 「いきなりでは無い。徐々に減少傾向にあった。おそらく昨日の出来事がトリガーになったと思われる。」 ああ、昨日の……って、確かまだみんなには話して無かったと思うが? 「終わった後二人で残ったことを考えれば、想像はつきますよぉ。 ようやく、って感じでしたもん♪」 なるほどね。朝比奈さんですら予想できていたならば、長門や古泉にとっちゃ確信的なものだったんだろう。 ん?そういや、さっきから静かなヤツが一人いるな。 今までの言動を考えたら、こういう時こそ多弁になる男のはずだが。 「古泉、やけに静かだな。悪いもんでも食ったのか?」 「いえ……そういうわけではありませんよ。」 と言って古泉は笑顔を作る。だがその笑顔は、いつもより30%減って感じだ。 「よくわからんが、お前もようやく閉鎖空間から解放されたんだろ?もっと喜べばいいんじゃないか?」 「ええ……そうですね。あの……」 古泉が何かを切り出そうとしたその時 「やっほー!!遅れてごっめーん!!」 けたましくハルヒが入ってきた!相変わらずのテンションだな。 能力を失ってもハルヒはハルヒだ。俺はそんなハルヒを好きになったんだからな。 「あ、そうそう。あたしキョンと付き合うことになったから!」 まるでいつも通りイベントを持ってきた時のように軽く発表した。 おいおい、もっとムード的なものが……まあバレバレだったんだけどさ。 「おめでとうございますぅ!お似合いだと思いますよぉ!」 全力で祝福してくれる朝比奈さん。 あなたに祝福されれば嬉しさ120%というものですよ。 「……おめでとう。」 淡々とつぶやくように祝福してくれる長門。まあここまではいつものテンションだ。だが…… 「おめでとうございます。心から祝福させて頂きますよ。」 その古泉の笑顔は、やはりどこか陰りがあった。 散々俺達をくっつけようとしてたくせにどうにも元気が無い。 まさかハルヒのことが好きだったのか?……それは無いだろうな。 と、柄にも無く古泉の心配をしているうちに、部活は終了となった。 明日は土曜日。不思議探索は無い。 代わりにハルヒと二人きりで約束をしてある。つまりハルヒとの初デートの日ってことだ。 「エスコートはアンタに全部任せるわ!光栄に思いなさい! あたしを楽しませないと死刑だから!じゃあね!」 そしてハルヒと俺は別れた。まさか、これが生きたハルヒを見る最後の姿だと思いもせずに…… その夜。俺達は病院に集まっていた。 「なんで……なんでこんなことに……」 朝比奈さんは泣いている。長門もどことなく沈んだ雰囲気だし、古泉にも笑顔は無い。 そう、ハルヒは、死んでしまったのだ。 ハルヒは俺と別れた後、突然通り魔に襲われたらしい。 胸を刺されて、病院に運ばれたが既に息は無かったそうだ。 家でのんびりくつろいでた俺は、突然長門からの連絡を受け、病院までやってきたってわけだ。 「……ウソだよな。なんの冗談だよ。面白いジョークだよな。はははは……」 ほんと笑えてくるよ。くだらなすぎてな。タチの悪いドッキリだぜ。 「なあ?みんなもそう思うだろ?一緒に笑おうぜ?ははは……」 笑うヤツは、誰もいない。 「みんなも笑えよ……笑えよ!ほら!!」 「落ちついて。」 「落ちついてられるか!!こんな状況で!!ハルヒが死ぬわけないだろ!あの団長がよ!!」 「落ちついて!」 長門が珍しく声を荒げ、俺の肩をつかむ。 「……これは、事実。」 はは……マジかよ。 俺の笑いは、涙へと変わっていった。 「……お話があります。」 今まで黙っていた古泉が口を開いた。なんなんだ。今はお前なんかの話を聞く気分じゃねぇんだよ。 「彼女を殺した通り魔は恐らく機か……」 古泉が言い終わる前に、俺は古泉を殴っていた。 「キョン君!」 朝比奈さんが悲鳴をあげる。だが知ったことじゃない コイツは今何を言おうとした!?機関の人間がハルヒを殺しただと!? 俺は倒れた古泉に駆け寄り、二発目を当てようとする。 ……!!長門!離せ! 「お願い。落ちついて。」 「落ちついていられるか!ハルヒは機関に殺された!そうだろ!?」 「古泉一樹は悪くない!」 「いえ……僕が悪いんですよ、長門さん。」 古泉が起きあがった。 「通り魔は恐らく機関の人間です。知っての通り涼宮さんは閉鎖空間を作り、僕等がその処理にあたる。 僕はSOS団の団員であるということに誇りを持っていますから、彼女を恨んではいません。 しかし、そうでない人間も確実にいるのです。彼女を恨んでいる人間も…… それでも彼女には能力があり、手出しは禁じられていました。世界がどうなるかわかりませんからね。 でもその能力が消えたことで、彼女に手を出す人間が出ることは不思議じゃありません。」 古泉は長々と話す。だが弁明という感じでは無い。ひたすら自分を責めているような感じだ。 「その可能性に気付いていながらこのような結果になってしまったのは全て僕の責任です。 僕を責めるなり殴るなり好きにして貰って構いません。なんなら、殺しても……。」 「もういい。お前を責めたところでハルヒは戻っては来ないからな。」 そうだ。古泉を責めたところでしょうがないんだ。 重要なのは、俺はこれからどういう行動を起こすべきか。 「ハルヒを取り戻すには、自分で行動を起こすしかないんだ。」 「取り……戻す?」 朝比奈さんが尋ねる。だが今は、それに答えるわけにはいかない。 俺は1つの決意をした。したからにはもう、1分の時間も惜しいんだ。 「みんな、もう俺はSOS団には来ない。 あいつがいないSOS団なんて意味無いし、なによりやることが出来たんだ。 悪いけど、もう帰らせてもらう。」 そう言い残し俺は去った。そうだ、俺がやらなきゃいけないんだ……! ~~~15年後~~~ 俺はあの後ハルヒの通夜にも出ずに、ひたすら勉強を続けた。 寝る間も惜しんでの受験勉強により、赤点スレスレから校内トップクラスにまで成績を押し上げた。 そして国内でも1,2を争う大学に入学。そのまま大学院に進み、異例の若さで教授にまでなった。 俺は今コンピュータサイエンスを専門としている。あの時からこの分野だと決めていたからな。 そしてつい先日、ようやく俺は研究を完成させたのだ。 さて、そんな中街を歩いていると、懐かしい人物に出会った。 「お前……古泉じゃないか?」 「あなたは……。お久しぶりです。」 「元気でやってるか?」 「ええ、それなりにやらせて頂いてます。あなたの方は凄い活躍ですね。 コンピュータサイエンスの権威として名前を聞きますよ。」 「そうかい。……あっ、もうこんな時間じゃないか。悪いけどここで失礼するよ。」 「お急ぎなのですか?」 「ああ。」 俺は古泉に喫茶店の金を渡して、こう言った。 「ハルヒが待ってるんだ。」 「え?」 古泉が素っ頓狂な声をあげる。 「今、なんと?」 「だから、家でハルヒが待ってるんだよ。遅れるとうるさいんだ。アイツは。じゃあな。」 呆然と立ち尽くす古泉を尻目に、俺は家へと急いだ。 「ただいま!」 俺は家のドアを開ける。やべぇな。遅れちまった。 『遅い!!罰金よ罰金!!』 やれやれ、予想通りのセリフだな。意味は無いと思うが一応弁明しておくか。 「いやさっき古泉と会ってな。つい話し込んでしまって遅くなった。」 『古泉くん?懐かしいわね。あたしも会いたいわ。……でもそれとこれとは話は別よ!』 「へいへい」 相変わらずあの時と変わらないな。 そうだ、「変わらない」のさ。研究室となった部屋にある、一台の大きなパソコン。 そのディスプレイ一杯に映し出されるのは、高校の時そのままのハルヒの姿。 そして左右に設置されたスピーカーからは、高校の時そのままのハルヒの声。 そう、これが俺の十年以上の研究の成果。 コンピュータ人格プログラム『涼宮ハルヒ』だ。 続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1881.html
あーあ、ヤんなっちゃうな。 キョンのシャツに濡れた頬をうずめながら、あたしは心の中で溜め息を吐いた。一度タガがはずれちゃったら、子供みたいに脆いのはあたしの方じゃない。そんなあたしの背中を、キョンは優しく撫ぜてくれている。 今日は、あたしがキョンの奴を励ましてやるはずだったのに。いつの間にこうなっちゃったんだろう。なぜだかこいつ絡みだと、物事がいちいちうまく運ばない。 どうしてキョンが相手だと、こんなにも調子が狂っちゃうのかな。理由を知っていたら、誰か教えてほしい。 うん、でもそんなに悪い気はしない。っていうか、むしろあたしはずっとこうしたかったのかな…? 弱みも何も全部さらけ出して、キョンにぶつけてみたかったのかも。 ひょろっとしてる印象だったけど、キョンの胸、意外とガッシリしてる。やっぱり男の子なんだなぁ。クーラーが強めに効いた部屋の中、こいつの体温が心地いい。もう、いっそこのまま時間が止まってくれれば…いいの…に…? ――えーと、ちょっとゴメン。あたしのおへそ辺りに当たってる、この硬いモノは、一体なに? あ、いやいい。説明いらない! 遠慮する! ここがどこで何をする場所かって考えたら、自ずと分かるし! そうよ、何をいまさら。落ち着け。落ち着け、あたし。はい、深呼吸。ひっひっふー、ひっひっふー。 はぁ。しかしこいつも、ついさっきまで 『俺は間違っても、お前の身体が目当てでSOS団の活動に参加してたわけじゃない!』 とか何とか言ってたくせに、ココはしっかりこんなにしてんのね。まったく、これだから男って奴は! まあ、でも大目に見てやるとしますか。キョンの奴、あたしでこんなになってるんだ――って思ったら、正直ちょっと嬉しいし。 いいわ、ここはあたしの方からきっかけを作ってあげる。このままじゃ、まるであたしが一方的に泣かされてるみたいで、なんだかシャクにさわるしね! トン、と軽く突き放すように、あいつの胸に両手をつく。2、3歩下がって、数秒うつむき、それからあいつに向かって全力の明るい笑顔を見せつけてやる。 「キョン、あたしちょっと顔洗ってくる!」 「え?」 「こんな顔、みくるちゃん達に見せられたもんじゃないでしょ! いい? すぐ済むからちゃんと待ってんのよっ!?」 キョンの眼前に人差し指を突き出し、なるべくいつもの口調っぽくそう命令する。キョンの奴はまだ心配そうな、そしてなんだか名残惜しそうな表情をしていた。ふふ、変な顔! 精一杯の笑顔を浮かべたまま、あたしは虚勢を張ってるのがバレない内にバスルームへと駆け込んで、後ろ手に扉を閉めた。 ふー。よし。 ひとまず作戦の第一段階は成功ね。 鏡を見てみる。うわ、眼が真っ赤だ。目蓋もちょっと腫れぼったい。あれだけぐずってたんだから、それも当然か。 蛇口をひねり、両手ですくった冷たい水で、叩きつけるように何度も顔を洗う。備え付けのタオルで顔を拭いて、もう一度、鏡を見てみる。うん、だいぶマシになったかも。 そうしてあたしは、鏡の中のあたしと視線を合わせた。 「本当にいいかな、あたし?」 (いいんじゃないの、あたし) すぐに鏡の向こうから答えが返ってくる。そうね、さっきの涼宮ハルヒ百人委員会は、賛成87票、反対5票、棄権8票だった。今は違う。今は賛成100票だって確信できるわ。 あいつが、あんなにもキッパリと言い切ってくれたから。だからもう、ためらわない。後戻りはしない。 ん、とひとつ頷いたあたしは、ブラウスの胸のボタンを上からひとつずつ外し、インナーのキャミソールごと一息に脱いで、それを衣装カゴに、ぽいと放り込んだのだった。 続いて背中に手を回し、ブラのホックに指を掛ける。瞬間、なんとなく孤島での嵐の中の出来事を思い返した。 あの時も、キョンはあたしの事を助けてくれたっけ。あいつは自分の事を「せいぜいパシリ役」だとか言うけど、ああいう時に自分がどれだけ他人のために一生懸命になれるのか、当の本人は気付いてないのかしらね。 くすっと、自然に笑みがこぼれる。気恥ずかしさよりもなんだか愉快な気分で、あたしはブラの肩紐から両腕を引き抜いた。 スカートのホックも外し、すべり落ちたそれを爪先に引っ掛けて、これも衣装カゴの中へ。ショーツは…履いたままでいいか。ほら、男の子ってこういうの自分の手で脱がすのも萌え~!だとか言うじゃない? …ってのは建前で。本音を言うとさすがに全裸っていうのはちょっと抵抗があるの。まだ初心者なんだもの、仕方ないでしょ!? とにかく、今はこの薄布1枚があたしの心の防波堤だ。うむ。 とまあ、ここまでは良いとして。次にあたしは、初心者ならではの難問にぶち当たってしまったのよね。 「靴下って…脱いどくべきなのかしら…?」 しまった、あたしとした事が。これはリサーチ不足だったわ。う~、だってそういうフェチとか? 正直あたしには形式的な面しか分からないんだもの。 でも大丈夫、こういう時こそ萌えキャラのみくるちゃんでシミュレートよ! えーと、パンツ一丁および靴下オンリーな姿でキョドってるみくるちゃん…。う~む? …なんだか狙い過ぎであざとい気がするわ。キョンはもう少し自然体な方がストライクよね、きっと。 結局、あたしは靴下も衣装カゴに放り込んで、裸身の上にバスタオルを巻いた。本当はシャワーを浴びたい所だったけど、軟弱者日本代表みたいなキョンの場合、あたしが出て行くまでの間に緊張感に耐え切れなくなって逃げ出しかねない。だからここは譲渡してあげるわ。あたしの気遣いに感謝なさい、キョン! 出て行く前にもう一度鏡を見て、髪型やら何やらをチェック。それから生唾をひとつ飲み込んで、あたしはバスルームの扉を押し開けた。 いっそのこと冗談っぽく、 「はーい出前でーっす! 涼宮ハルヒ一丁、お待ちーっ!」 とでも言ってやろうかと思ったけど、さすがにそれはキョンも引くわね。 っていうか、やろうったって出来ない。いつか部室であたしが着替えようとした時みたいに、キョンにスルーされたらどうしようとか思うと、それだけで足元がおぼつかなくなる。ううん、大丈夫。あの時とは状況が違うわ。 はたして。キョンの奴はあたしに背を向けるように、ベッドから前に身を乗り出していた。どうやらテレビ台の中のゲーム機を物色していたらしい。扉の音に気付いて、こちらへ振り返ったキョンは一瞬ぎょっとした表情を見せ、それから困ったように視線をあらぬ方向へそらした。あー、でもこっちの方をチラ見はしてるみたい。 良かった。良くはないけどでも良かった。顔を洗うだけにしては時間が掛かり過ぎなのである程度は察していたのか、キョンの奴、思ったよりはあたしの格好に動揺してないみたいね。 ベッドの端に腰掛け直したキョンは、あ~、とか、ん~、とか唸りながらしばらく言葉を選んでいたけれど、結局うまい表現がみつからなかったのか、やがて所在無げに立ち尽くしているあたしに向かって、無言のまま自分のすぐ左隣をポンポンと叩いてみせてくれる。 内心でホッとしながら、でもその思いはおくびにも出さずに、あたしはバスタオルの胸元を押さえつつ小走りでキョンの元へ駆け寄って、誘いのまま横に腰を下ろした。 むう~。隣に座ったはいいけど、キョンと視線を合わせらんない。あたしは馬鹿みたいに、前方のカーペットの模様ばかりを眺め続けてる。キョンはキョンで、こっちをまともに見ようとしないし。まるでクイズ番組に出場してはみたものの、緊張しすぎで何も答えらんない一般視聴者みたいだわ。 きっかけ、何かきっかけはないものかしら。いっそ空から隕石でも落ちてきてくれれば、キャッ!とキョンにしがみ付く事だって出来るのに。などと谷口並みにアホな事を考えていると、キョンがぽそりと、呟くようにこう訊ねかけてきた。 「おい、ハルヒ。本当にいいのか…?」 「な、何よ!? 怖気づいてんの、あんた!?」 あーん、もう! この期に及んで何を言い出すのよキョンったら! 「すまん、お前がふざけてこんな真似してるわけじゃないってのは分かってる。こういう事訊くのって失礼だよな。 でも俺は、お前が心を病んでた俺を励まそうとしてくれてたのを知ってるわけで…。つまり、何というか」 「…………」 「今このまま、お前とその、ヤっちまうのって、なんだかお前の善意につけこんでるみたいで、どうも気が引けるんだよな。怖気づいてるって言ったら、確かにそうかもしれないんだが」 そう言って、申し訳なさそうに目線をそらす。そんなキョンの横顔に、あたしは再び、はぁ、と溜め息を洩らした。 こいつのこういう律儀な所って、嫌いじゃないけどさ。これから先、苦労させられそうね。心の中でそう嘆きながら、あたしは両手でキョンの左手を引っ掴み、あたしの左胸に強引に押し当てさせてやったのだった。 「っ!?」 「ねえ、キョン。あたしさ、以前からずっと自分のこの胸が疎ましかったのよね」 キョンの奴は大きく目を見開いて、口をパクパクさせてたけど、あたしは構わずに話を進めた。 「この胸が膨らみ始めた頃から、親も、周りも、あたしに“女の子らしくあること”を強いるようになってきたんだもの。 自分の行動に枷をはめられたみたいで、だからあたしはこの胸がキライだった」 話しながら、あたしはふふっと軽く笑う。なぜなのかしらね、キョンが相手だとこういう話題も気負わずに話せるのは。 「ほら、高校生活の最初の頃、あたしは男子が教室に居ても平気で着替えてたりしてたじゃない? アレも、当てつけみたいなものだったのよ。胸があろうがなかろうが、あたしはあたし、涼宮ハルヒなんだ――って、無言の内に、あたしはそう主張してるつもりだったのね」 「ああ、アレにはびっくりさせられたな。もしや特殊な性癖の持ち主なのかと、密かに期待したりもしたもんだが」 「バカね、そんなわけないでしょ!?」 掴んでいた手の平の皮を、ギュッとつまみ上げる。キョンの呻き声をわざと無視して、あたしはさらに言葉を続けた。 「でもね、今はちょっと違うかな。今は下着姿だって、そう易々と見せてやるつもりもないし、あたしのこの胸で誰かをドギマギさせてやれるんなら、それもいいかなって思ってる。 それがどうしてかは…そのくらいはいちいち説明しなくても、おバカのあんたにも分かるでしょ、キョン?」 目を細めて、あたしはキョンに微笑みかける。バスタオル越しにでも、あたしのこの鼓動は伝わってはずよ。ね? ああ、それにしても。あの頃のあたしは、本当にひどい考え違いをしてたんだなあ。女の子同士がスキンシップで触れ合うのと、男の子が女の子に触れるのとじゃ、ぜんぜん意味合いが違うんだ。 うー、みくるちゃんゴメン。いつぞやのコンピ研での一件は、いま思うとちょっとひどかったかも。いつかきちんと謝っておこう。などとあたしが考えていると、キョンの奴がいつになく真摯なまなざしをこちらに向けてきた。 「すまん、ハルヒ」 ふん、ようやくあたしのこの想いを理解できたみたいね。ちょっとばかりまだるっこしい気分にさせられたけど、まあいいわ。分かってくれたんなら許してあげ…。 「俺も健康な若い男子なんでな。この状況はちょっとばかり刺激が強すぎるというか」 は? 「もう理性が持たん」 あの、もしもし? 「正直、たまりませんッ!!」 言うなり、キョンとの密着感が急激に増して。あたしはあっという間にベッドに押し倒されていた。 あーっ、もう! ちょっと見直してやったら、すぐこれだ! どうしてこういつもいつも、言う事とやる事がちぐはぐなのよあんたはっ!? そんなにがっつくんじゃないわよ! この…バカ…。 次のページへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3923.html
一 章 まず、ハルヒを取り巻く懲りない面々の近況を伝えておこう。 SOS団サークルが大学でも大暴れすること四年間。過去に上映した映画のリバイバル、続編の撮影、この世の不思議を求めて日本各地を旅行。野球、サッカー、剣道柔道合気道、学内外のスポーツサークルに挑戦状を叩きつけ、泣きすがる部員を尻目に看板をかっさらって帰ったのはまだまだ序の口。部費捻出のためのあやしげな営業活動に渋面の教授陣もさることながら、処置なしと見た大学当局からなんのお叱りも受けずに無事卒業できたことは、長門、古泉各方面の協力(いや圧力)に感謝すべきだろう。 ハルヒはいくつか内定を取った企業のうち、もっとも給与条件のいい会社に入ったようだ。大手食品会社の商品企画なんてのをやっている。ハルヒらしいといえば、あいつらしい仕事だが。あいつが毎日スーツを着てデスクワークをしている様子は、ちょっと想像しがたい。噂では商品キャラクタの着ぐるみを着て営業に回っているとのことだ。そういえば就職してからずっと髪を伸ばしている。髪を結ぶリボンの色を毎日替える宇宙人対策を、入社式からずっとやっていたらしい。 長門は大学からそのまま大学院に進んだ。高エネルギーだか素粒子物理だかの理学博士課程にいる。俺はてっきりハルヒと同じ会社に入るものと思っていたが、聞くところによるとこれもハルヒの行動を予測してのことらしい。 古泉は、あいつは、そのまま機関で働くことになった。バイト待遇から正社員になったようだ。相変わらず閉鎖空間で神人を追いかけている。俺たちが就職してからはあまり会っていない。 俺はといえば、たいして就職活動をしていなかったにもかかわらず、内定を取って無事サラリーマンに落ち着いている。大学の専攻とはまったく関係なかったが、参考書やら学校教材を出版している会社に入った。有名塾の先生に執筆を頼み、原稿をチェックしてDTPにまわし、版下が完成したら印刷所にまわす。まわさないのは皿くらいなもんで、まあ編集のはしくれみたいなことをやっている。スケジュールさえ守れば残業もないし、休日出勤もなし。楽っちゃ楽だ。 それから半年が経ち、俺は社会のしがらみの中でどうやらこのまま歳を重ねていくことになりそうだと、一種の安堵感に浸りつつあった。ハルヒが就職してからSOS団の活動も下火になってゆき、たぶんこのまま先細って、あのときはあんなバカなこともやったよなぁなんて全員で思い出に浸れるようになるんじゃないかという夢のようなものさえ見ていた。メンバーに会うペースも二週間、三週間と少しずつ間が伸びてゆき、一ヶ月に一度というサラリーマン的キリのいい回数にまで減った。 もういいかげん、ハルヒの奇矯な行動に振り回される役柄を引退してもいい頃だ。なんて甘いことを考えていた矢先にハルヒによって全員集合をかけられたのは、通り過ぎたはずの台風の進路が逆行して戻ってきてしまったときよりも精神的ダメージが大きかった。 「いよっ、みんな元気そうね」 お前にはこれが元気に見えるのか。会社が引けてからハルヒにいつもの喫茶店に呼び出されて俺が憂鬱になっているところへ、長門と古泉が現れた。 「……」 「皆さんお久しぶりです。涼宮さんもおかわりなく」 長門とはほぼ毎日会っているが、古泉の顔を見るのは久しぶりだった。どことなく貫禄がついた気がする。 「さすがは涼宮さんですね。団長、超監督、名探偵、編集長と来て、次は社長ですか」 ハルヒのトレードマーク、赤い腕章はすでに社長になっている。 「これからはベンチャーよ。生き馬の目を抜く高速道路の現代社会を生き残るにはこれしかないわ」 最近は休日の高速道路並に渋滞している気もするけどな。 「大賛成です。涼宮さんのような逸材が企業の一歯車として働いているなんてもったいなさすぎます。ここはひとつ、新しいビジネスチャンスをつかみましょう」 「で、なにを売るんだ?まさか宇宙人、未来人、超能力者を探し出して売る会社とか言うんじゃないだろうな」 自分で言いながら笑いをこらえきれないでいると、古泉と長門の顔がピクと引きつった。ここに朝比奈さんがいたら眉を寄せたことだろう。 「それをみんなで考えるんじゃないの」 「順序が逆だろうが」 「あたしもいろいろ考えてみたわよ。パーティ向けのケイタリングとかどう」 「誰が料理を作るんだ?」 「もっちろん、あんたたちでよ。あたしは取締役社長兼営業。古泉くんは秘書兼営業部長ね」 即、廃業だ。長門が早速料理のレシピ本を読んでいる。気が早いぞおい。 「とりあえず必要なのは事務所よね。この際だからボロい雑居ビルでもいいわ」 「まあ待て。登記の仕方とかも調べなきゃならん。少し時間をくれ」 「あんたの専攻、経済学だったわね。お役所関係は面倒だからキョンに任せるわ」 「経営学部とは違うんだがな。まあまったくの専門外ってわけでもないが。まずは事業内容をはっきりさせてくれ」 「そうねえ。あんたたちも何かアイデア出しなさいよ、即採用するわ」 ハルヒは鞄から分厚い本を何冊も取り出した。タイトルを見ると、起業入門、はじめての起業、会社ひとりでできるもん?俺たちにこれを読めってのか。さっそく長門が一冊手にとってパラパラとめくりはじめた。 俺はチラと長門を見た。流行には遅ればせだがIT系でもやるかな。長門テクノロジーで。大学院とかけもちでたいへんだが、こいつだけが頼りだな。あるいは朝比奈さんに頼んで時間旅行代理店でもやるとか。古泉には……、機関に金を出させるか。あんまり機関には負担をかけたくはないんだがな。 ハルヒが持ってきた漫画で読む起業ガイドとかいう本をさらりと読んでみたが、いきなり株式会社ってのもありらしい。俺はてっきり、同好会から研究会へランクアップするみたいに、有限会社からがんばってステップアップするのかと思っていた。今は有限会社ってのはなくなって株式会社に吸収されちまったらしい。それ以外に有限責任事業組合とか、やたら長い名前の法人が増えちまってる。 今はお金がなくても株式会社を作れるようで、一円起業とかいうのも可能だと書いてある。要はアイデア次第。入る金と出る金の収支が安定したら出資者を増やしていく。さらに資金調達が必要なら株式市場に上場してもいい。 「なるほど。最終的には一部上場か……」 「一部じゃなくて全部上場しましょうよ!」 いや、そういう意味じゃなくてだな。 ともかく、会社を興すにはハンパじゃない量の書類作成が必要らしい。誰かがレクチャーしてくれるとありがたいんだが。 「古泉は税理士の知り合いはいるか」 「ええ。身内にいます」 「ちょっと知恵を借りたいんだがな。登記に必要な手順やら節税やら」 「分かりました。手配しておきます」 手配って身内に使う言葉じゃないだろ。 「さすが古泉くんね。じゃあキョン、後は頼んだわよ」 まったく、考えつくだけで面倒なことはすべて俺任せじゃないか。高校のときとまったく変わっとらん。いっそのこと閉鎖空間を発生させてストレス解消してくれたほうが助かったんだが。 ハルヒに呼び出されて起業宣言を聞いた帰り道、古泉からちょっと話せないかと電話がかかってきた。まあ暇なんでさして問題はないし、それにこいつの近況も聞いておきたい。 俺は長門を連れて、駅前のファーストフード店で古泉と待ち合わせた。 「お二人さん。改めて、ご無沙汰しております」 「よせよ、そんな社交辞令みたいなあいさつは」 「お互いにもう社会人ですからね。親しき仲にも礼儀あり、それなりの自覚を持たなければ」 などと耳の痛いことを言う。そんな固いこと言わなくても、俺たちは仮にも同窓生だろ。 「最近どうしてんだ?機関のほうは相変わらず忙しいのか」 「それも含めてお知らせしたいことが。ここ半年間、涼宮さんの能力開放が激減していまして」 それは前にもあった。高校二年の二月ごろだったか。あれは単にバレンタインデーに向けての下準備というか、安定期だったというか。それが終わるとまたいつものあいつに戻ったよな。 「閉鎖空間の発生も、神人の発生も、もう片手で数える程度になっています」 「そんなに減ってるのか」 「長門さんはご存知かもしれませんが」 古泉は長門を見た。長門は少しだけうなずいた。 「最後に閉鎖空間が発生したのは二週間前です。それも真っ昼間に」 「閉鎖空間が発生しないのはいいことじゃないか」 「ええまあ。それだけではなく、神人が発生しません」 「神人がいない閉鎖空間?アレが消えないと閉鎖空間は消えないんじゃなかったっけ」 「通常はそうです。一ヶ月くらい前でしょうか、いつものように閉鎖空間に入ってみたところ、いつまで待っても神人が現れることなく待ちぼうけを食わされました」 「それで、閉鎖空間はどうなったんだ」 「三十分くらいで消滅しました。神人を発生させるだけのエネルギーがなかったようです」 「ハルヒにしちゃ珍しい不完全燃焼だな」 「ええ。くすぶっているだけならまだしも、突然消えてしまうので我々も戸惑っています」 「そういうときのハルヒってどんな具合なんだ?」 「観測ではイライラと上機嫌のわずかな間を行ったり来たりしているというか」 古泉はそう言って人差し指をバイオリズムのように上下に振ってみせた。 「大人になって突発的な感情の起伏が減った、ってことじゃないのか」 「それだけならいいんですが、閉鎖空間というのは涼宮さんの中の常識とエキセントリックな世界を好む願望とのバランスが崩れるとき、ストレスを感じてあの空間が生まれるんです。これは僕たちに能力が与えられてから今までずっとそうです」 「だったらなおのことだ。常識が勝ってハルヒが安定してきてるのはいいことじゃないか」 古泉は俺の顔をじっと見て、少し考えてから論点を変えた。 「考えてみてください。人間が願望を持たなくなったら、どうなりますか」 「まるで俺のことを言われてるようだな」 「いえいえ、一般論としてです」 古泉は汗をかきかき手を振って否定した。 「そんなことになったら夢も希望もない、だるいだけの毎日になっちまうだろうな」 「それは涼宮さんにも当てはまることです。彼女の場合、夢も希望もないということは能力を失うということなんです」 俺はうーんと唸った。ハルヒが能力を失うようなことになったら、ただの女子高生、じゃなくてただのOLになっちまう。どう考えても大歓迎すべき事態じゃないか。それがなぜ古泉や機関にとって懸念材料になるのか分からん。 「この状況を鑑みて、機関の幹部では組織の縮小を検討しています。すでに現場の人間を残して、管理職の人間を当初の三分の一に減らしています」 「機関もリストラか」 「喜ぶべきか、悲しむべきか。そうです」 俺は暇を持て余してぼんやりとプレステをしているCIA職員を思い浮かべた。 「このままでは僕もトラバーユを考えなければいけませんね」 しかし今から就職活動をするのはきついだろう。機関じゃ待遇よさそうだし。 「まあ、食っていけるならどんな仕事でもしますよ。涼宮さんに雇ってもらえる道も開けそうですし」 お前こそ夢がないぞ。もっと志を高く持て。 「それはともかく、涼宮さんの夢と希望によって僕たちは存在を許されている。長門さんも、ここにはいない朝比奈さんもそうでしょう」 長門はどう思ってるんだろう。こいつの本来の仕事はハルヒを観察することだ。 「……涼宮ハルヒが能力を失えば、わたしは任務を終える」 「とすると、上に帰っちまうのか」 「……分からない。それについてはまだ検討段階ではない」 ということはまあ、時間的余裕はあるってことだな。俺はすぐにでも長門が帰っちまうのかと想像して少しだけ焦った。 「長門さんは涼宮さんの最近の様子についてはどう思われますか」 「……涼宮ハルヒの思念エネルギーには、大きな波と小さな波がある」 「なるほど。今はどのような位置にいるんでしょうか」 「……中長期的に見れば、今は大きな波の谷間にいるだけ」 「ということは、これからパワー増幅する可能性が高いと」 「……そう。でもこれは、わたしの憶測に過ぎない」 二人とも怖いことを言う。まさかこれからハルヒが大暴れするとかいうんじゃないだろうな。 古泉の懸念はもっともかもしれんが、そっちのほうはあいつらに任せておいて、とりあえず俺はハルヒから出された宿題をこなすことにするか。 さて、起業の手順だ。古泉の知り合いというとすぐ機関のメンバーを思い浮かべるのだが、やってきたのは思ったとおり多丸圭一氏だった。この人は実際に機関の関連会社を経営してる人らしく、いろいろと相談に乗ってもらった。 「どうも多丸さん、その節はいろいろとお世話になりました」 「久しぶりだね。元気にしてたかな」 「おかげさまで、ハルヒの有り余る元気のせいで今回も振り回されています」 多丸氏は昔と変わらず、はっはっはと笑った。 「それで、なにをする会社なのかな?」 「それがまだ決まってないんです」 俺は眉をハの字に曲げてみせた。俺がハルヒのパシリなんだってことは雰囲気的に分かってくれるだろう。 「そんなことだろうと思ったよ。まあなにをするにせよ、お役所でハンコさえもらえばどうにでもなるからね。面倒なのは最初だけだ」 機関の人だけあって、ハルヒの特性を知ってくれているのはありがたい。 会社ってのは仮にも法で定められた集団で、かつてのSOS団みたいに、勝手気ままに思いついたことをなんでもやりますみたいな申請は無理だろう。活動内容やらそれに関わる人やら、それからお金の入手先やら使い道やらを決めておかないといけない。実際にどうなるかはともあれ、書類上できちんと明記されていないと認めてくれないのがお役所の慣わしだ。 「経営者の所得は年間どれくらいを見込んでるのかな。一千万円を超えそうなら株式会社のほうが税金的に有利だけど」 「ハルヒが言うには株式会社のほうが聞こえがいいんで、そうしろと」 「はっはっは。まあ好き好きかもだね。最初は個人事業のほうが手続きが簡単でオススメではあるんだけどね」 「なんせ形から入るやつですから」 「彼女ならなにかでかいことをやりそうだし、最初から株式会社にしても差し支えはないだろうね。途中で法人の種類を変更するとそれだけ手間も発生するし。大は小を兼ねる、とも言うしね」 「はあ、そんなもんですか」 株式会社というのは、金を出す人が会社の持ち主で、社長はその株主から経営を任される。最近は社長ひとり株主ひとりという最少人数でもOKらしい。設立を届け出るのは法務局で、会社内の決まりごとを書いた定款やら設立するときの議事録やら分厚い書類を提出させられる。書類を重ねる順番まで決まっているらしい。 「書類の用意は私が手伝ってあげよう」 「はぁ、助かります。そこがいちばん厄介な部分なんで」 「まずは事業内容を決めることだね」 「そうですね。ハルヒにさっさと決めさせてきます」 翌日から、会社が引けるとハルヒとその他のメンツを呼び出すのが日課となった。どうでもいいがその腕章、外ではやめてくれ。 「で、屋号はどうすんだ。SOS団か?」 「当然じゃないの」 「じゃあエス・オー・エス団株式会社でいいのか?」 「響きが悪いわね。株式会社エス・オー・エス団、これね。前株でいいわ」 どっちも似たようなもんだが。 「あとは事業内容だが。世界を大いに盛り上げるとかそういう抽象的な内容だと申請に通らないぜ」 「分かってるわよ。あたしだってベンチャー本はひと通り読んだつもりよ」 ほう、ちゃんと予習はしてるみたいだな。 「で、目的は?」 「教えるわ。この会社の目的!それは、」 ハルヒは、あの日と同じように大きく息を吸った。ドドン。どこかで太鼓が鳴ったような気がしたが、気のせいか。 「タイムマシンを開発して時間旅行をすることよ」 な、なんだってー!!俺の脳裏にΩマークが四つほど並んだ。その場にいたハルヒ以外の全員が真っ先に朝比奈さんを思い浮かべたにちがいない。朝比奈さん、もしかしてあなたはその関係者だったんですか。 「さすがは涼宮さんですね」 古泉、お前はそれしかないんか。 「そんな前例のないもんが申請の書類に書けるわけがないだろ」 「前例がないから作るのよ。テクノロジーは日進月歩爆走中よ。昔の人は言いました、光陰矢のごとしよ」 「そんなもん簡単に作れるかよ。仮に作れたとしてもだな、それまで利益なしだろう」 「だいたいねえ、人類は月にまで人を送ったことがあるのに、なんで未だにガソリンを燃やして走ってるわけ?二十一世紀になって十年は経つってのに、いまだに化石燃料が主流なんて遺憾を覚えるわ。もう道をテクテク歩くだけの技術は無用よ。これからは時間移動の時代なの」 聞いちゃいねー、さらに言ってることがよく分からん。すまん、誰か頭痛薬をくれ。 「時間旅行で社員を養えるのか」 「ちっちっち。未来や過去に行けばいろんな珍しいものがあるわ。それを運んできて売れば大儲けよ」 やれやれ。ハルヒが金儲けに走り始めたか。 「よくいるでしょ、考古学者のくせに発掘品を売りさばいてるやつ。キリストの聖杯とか、埋蔵の宝石とか」 「そりゃ映画の話だ。しかも盗掘と変わらんじゃないか」 「それに未来から技術を持って帰れば売れるしね。時間旅行さえできれば、お金なんて後からでもついてくるわ」 職種からいってあんまりカタギじゃなさそうだな。株式会社窃盗団にでも名称変更したほうがいいんじゃないのか。 ここで少し会社登記の話をしよう。 一円起業とは言っても登記申請には税金なんかで二十四万円ほどかかる。お役所がらみはタダじゃないんだ。会社を作ったあとにかかる税金は所得税、法人税、住民税、事業税なんかがあるが、できれば税金は安いほうがいい。個人と違って会社は税金が優遇されることが多いらしい。節税のために会社を作る人までいるくらいだし。 資本金が一千万以下の場合は消費税が二年間免除される。税金を申告するときに最初の年度の赤字を七年間繰り越してもいい、みたいな甘い制度もある。 資本金を誰に頼むかはまだ決まっていないが、現物出資といって、自分の手持ちのパソコンやら車やらを持ち込んで資本金代わりにしてもいいらしい。五百万円までなら書類で申告するだけでOKだ。 株式会社だから株券を売るのかと思っていたがそうでもないらしい。株券の実物が必要なのは株の譲渡OKな『株式公開会社』を作る場合。うちは株式の譲渡が自由にはできない『株式譲渡制限会社』にする予定だから、勝手に株を売られたりはしないことになる。株主が会社を手放したいときにだけ、経営陣が承認して発行する感じか。会社を作る発起人はそれぞれ一株以上は買わないといけない。つまり俺も買わされるわけだが、別に平社員でもいいのにな。 登記書類をまとめて持っていくのは法務局だが、ほかにも公証人役場、税務署、都道府県の税事務所、市区町村の役所、労働基準監督署、社会保険事務所なんかにも行かないといけない。しばらくはあちこちを奔走することになりそうだ。そうそう、取引銀行に口座も作っとかないとな。 会社用のでかい印鑑も作らないといけないが、この辺はハルヒにやらせよう。あいつは腕章とかネームプレートとか名刺とか、アイデンテティのあるものが好きそうだからな。 「はぁ……」 ハルヒが大きく溜息をついた。いつものハルヒらしくない。また昼飯をおごれと言われてイタ飯屋に出てきた俺だった。俺は猿でも分かる起業入門を読みながら横目でハルヒを見た。 「どうしたんだ?」 ハルヒがなにか新しいことを考え付くときはたいてい、台風がやってくる前日の天気予報のように、わけの分からない期待感と開放感とそれから高揚感とがいい感じにミックスされて、今しも超新星が生まれそうなガス星雲の中にいるような気配がするもんだ。それがこの倦怠とあきらめ交じりの溜息。吐く息が文字化すれば、やれやれとでも浮かんできそうだ。やれやれは俺の専売特許のはずだが。 「なんでもないわ。ただね、なんとなく疲れたというか」 「就職して半年でそれかよ。ちょっと甘ったれてんじゃないのか」 「あんたにしちゃきついこと言うわね」 ハルヒは頬杖をついてこっちを見る。どうも、瞳にイキイキ感がない。 「そうかな。じゃあ聞くが、これから起業しようってのになんでそんな溜息ばっかりなんだ」 「学生の頃はなにをやっても楽しかったわ。映画を撮ったり、今考えればどうでもいいようなストーリーだったけど、自分がなにかをやっているって感覚があったわ。飛び入りでギターを弾いたり、みんなで野球をやったり、見つかりもしない不思議を探し回ったり」 まあ、俺もあの頃はそれなりに楽しんだ。やたら体力と財力を消費はしたが。 「それがこの頃ときたら、なにか新しいことを思いつくとそれにかかるお金とか時間とか、必要な人材とかを考えるのが先なのよね」 「ふつー、なにかをはじめるときはそうなんだけどな」 「あの頃は自分ひとりででもやってやるって意気込みがあったわ」 そうだ、ハルヒはいつも独走だった。スタートラインに並び、フライングだろうがなんだろうがひとりでぶっちぎりゴールを目指す。その後を俺たちがへいへいとついて行く。いつもがそんな図だった。 「やりたいことが変わってきたんじゃないか。より高度になったとか、質が高くなったとか」 「どうかしらね」 「思いつきがでかいから、ひとりじゃ無理ってことだろう。計画性も大事だ」 俺が計画性を言い出すようになっちまったら、世の中はミジンコ並みに計画どおりだな。 「すべてが計算づくになってしまった自分がうらめしいわ。あたし、いったいなにが変わったのかしら」 「まあ商品企画課っていうハルヒの仕事柄だろう」 「モノ作りの最前線っていうからこの仕事に就いたのに、いまいち自分が作ってるって感じがしないよのね」 「お前だけで作ってるわけじゃないだろ。ひとつの製品にいろんな人間が関わってる。それが会社ってもんだ」 あまり慰めにも励ましにもならんセリフを淡々と言う俺も、実は今の仕事には生き甲斐を感じていない。 「それは分かってんだけどね」 「けど、給料はいいんだろ?」 「まあね。ボーナスも思ったより多かったわ」 「この不景気にそれは贅沢ってもんだ」 「分かってるわよ。同僚と飲みに行ったりもするし、給料日には買い物して遊んで歌って午前様だし」 「これ以上なにが不満なんだ?」 「分かんない……。いい職場についたし、給料もいいし、好きなもの買えるし」 ハルヒはこれと決めたものには出費を惜しまない。自分の思い付きを実現するためならバニーの衣装だろうがメイドの衣装だろうが、自腹で買ってしまう。ストレスで散財するタイプだなこいつは。将来旦那が苦労するぞ。 就職したから自分でストレスを解消できるようになった、という言い方は変かもしれないが、自由に使える金があれば、特別な力がなくてもある程度の願望を実現することはできるかもしれない。食ったり飲んだり騒いだり、簡単になにかを手に入れたりすることで、本当にやりたいことがだんだん霞んでしまう。古泉が言っていた閉鎖空間発生が減った理由が、なんとなく分かってきた気がする。 ハルヒは食い残しのシーフードパスタをフォークの先でいじりながら言った。 「なんだかね、タコが自分の足を切り売りしてる気持ちっていうのかしら」 「お前にしちゃうまい例えだな」 「もう、どうでもよくなってきたわ……」 テーブルに顔を伏せてそのまま眠り込んでしまいそうな、久々に見るハルヒのメランコリーである。 2章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1009.html
―――― 二日目 2 ―― それにしても台湾に着てからのハルヒの機嫌というのは不安定である。いつもなら とても機嫌がよく俺たちに迷惑事を振り掛けるか完璧にメランコリーで話しかけても うっさいわね。バカ。アホ。マヌケ面。と言われるかの二つに一つのはずである。そ のはずがどうだろう。台北101では急に女の子になってみたり、かと思えばいつも のように傍若無人っぷりを遺憾なく発揮してみたりと忙しい。まったく修学旅行って いうのはこれほどまでも人を変えるとはね?クラスに一人はいるんじゃないのか?ソ コ!いないのか? ホテルを出発して一時間が経とうとしている。今、俺とハルヒは繁華街の中にいる。 俺とハルヒは土産物屋や服やに立ち寄り妹へのお土産や朝比奈さんへのお土産となる チャイナ服などを物色していた。 「ねぇ、キョン?これなんかみくるちゃんにぴったりじゃない?」 と、ハルヒが差し出したのは背中がパックリと開いた真っ赤なチャイナドレスであ った。うん、悔しいがこれを着た朝比奈さんを見てみたいな。 「こら!エロキョン!変なこと考えてるでしょ」 最近思うんだが俺は思ったことが顔に出やすいタイプなのかね?誰か教えてくれ。 結局お土産は荷物になるから最後ということで、俺とハルヒは再び町へ出た。台北 の市街地は中心地は東京と比べても見劣りしないほど近代的であったが、少し路地へ 入ると中国文化の香り漂う趣深い町並みが並んでいた。テレビのブラウン管を通して しか見たことのないような屋台が立ち並び、そこで生活する人々の活気がひしひしと 伝わってくる。まさかこれほどすばらしい街だとは思いもしなかったぞ。いつかSO S団のみんな、朝比奈さんを連れてもう一度来るのも悪くないかもしれないな。 出発してからというもののハルヒは修学旅行を楽しむ普通の女子高生を続けている。 本来であれば普通というものを一番嫌うハルヒであるから考えられないことであり、 俺自身も驚くべきことであった。そんなことを考えながら街を歩いているとおもむろ にハルヒが口を開いた。 「ねぇ。キョン?台北101に行きましょう」 ハルヒの口から放たれた言葉は思いもよらないものだった。 「台北101?昨日も行ったじゃないか。あそこになんか不思議はないぞ?」 「うるさいわね!団長に黙ってついてくればいいのよ!」 「なぁ、ハルヒ。修学旅行に来てからのお前、なんかおかしいぞ?」 「おかしいって何がよ?」 「わからんがいつものお前でないことだけは確かだ。」 「こっのバカキョン!!アンタはどこまで鈍感なのよ!」 「ハルヒ、言ってることがめちゃくちゃだぞ?」 「うるさいうるさいうるさ――――い!あんたはねぇ、あたしのことをぜんぜんわかっ てない!キョン!耳の穴かっぽじってよく聞きなさいよ!あたしはねぇ、アンタのこと がs・・・・!!」 そのとき、世界が崩れた。 しばらくの間、俺は目を開けることができなかった。世界が『崩れた』瞬間、俺は無 意識にハルヒを抱きしめていた。目を開けると怯えたハルヒが俺の腕の中にいた。あた りに目を配ると周りにあったはずの屋台や店がなくなり代わりに瓦礫の山があった。こ のとき初めて地震に遭ったという事を理解した。修学旅行先でまさか地震に遭うとはな。 これもハルヒの力か? 「ハルヒ、怪我はないか?立てるか?」 俺はハルヒの手をとり立ち上がろうとした。 「ほら掴まれy・・・!」 足が震えて立てなかった。情けないね。自分の足に拳で渇を入れ俺は何とか立ち上が る。ハルヒに手を差し伸べる。ハルヒは俺の手につかまるが足が震えて立ち上がること ができない。俺は震えるハルヒを抱きしめた。 「キョン・・・」 弱々しいハルヒの声。・・・みんなはどうなったんだ? 「ハルヒ!みんなを探さないと!立てるか?」 「立てるわけないじゃない・・・・。おぶりなさい!団長命令よ!」 震える声を絞り出すハルヒ。俺はハルヒをおぶり、ホテルへ向かうことにした。台北 の街はあちこちで建物が崩れ人々が救助活動に奔走している。谷口や国木田、阪中はど うなったのだろうか。早くみんなに会いたい。 どれほど歩いただろうか。日は暮れ、灯の消えた街は不気味だった。あちこちから人 のすすり泣く声や悲鳴、安否の取れない家族を呼ぶ叫び声などが飛び交っている。昨日 台北101から眺めた街とはとても思えない。あれほど美しかった街は 「キョン!ちょっと?まだホテルに着かないの?」 「・・・・・。すまん。実はな、ここがどこだかわからない。」 「えぇ?キョン!道に迷ったっていうの?」 「認めたくないがそのとおりだ。」 「まったく使えないわねぇ。」 俺の背中でずっと寝てたお前に言われたくはないんだがな。ハルヒは俺の背中から飛 び降りると俺をズバッと指差し、 「ちゃんとあたしのことを守りなさい!わかったわね!」 と言い放った。いつものハルヒに戻ったようだ。 「わかったよ。ハルヒ。」 「わかったならホテルに向けて出発するわよ!」 こうして冒頭に戻るわけであるが、いつまで歩いてもホテルに着きそうもないのはな いのはなぜだろうね。やっぱり暗いからか?とりあえずホテルに着かなきゃにっちもさ っちもいかないんだがな。 「ちょっと!キョン!ここどこなのよ!」 わかっていたらさっさとホテルについているんだがな。それにしても地震というもの はひどいものである。建物をなぎ倒し人の命を奪っていく。まったく人間というのは非 力なもんだね。 腕時計をみると時刻はすでに午後10時をまわっていた。月の見えない真っ暗な空が 閉鎖空間をイメージさせる。いっそのことここが閉鎖空間であったらどれだけ気持ちが 楽だったであろうか。ハルヒにキスするだけで・・・、いや楽でもないか。それはそれ で気疲れしてしまう。 「ねぇ。世界の終わりって今みたいなものなのかな?」 ハルヒが口を開いた。 「さぁな。そのころは俺たちは生きちゃぁいないさ。」 「でもね、あたしが何かしようとするたびにこの世界を壊しているような気がするの。」 「・・・・。」 「もし、わたしがSOS団なんて作らなければ、あたしやキョン、有希や古泉君、みくる ちゃんがもっと楽しく暮らすことのできた、『壊れていない』世界があったのかもしれな い。そう考えただけで・・・」 「それは違うんじゃないか?ハルヒ。俺は今、ハルヒとこうしている世界が『壊れていな い』世界だと思っている。それは長門や朝比奈さん、古泉も同じだと思うがな。」 「でも・・・。もし・・・」 「『もし』は無しだ、ハルヒ。俺からしてみたらお前のいない世界こそが『壊れた』世界 なんだ。」 俺はそのことを去年の12月に思い知らされているからな。 「ハルヒの世界もそうだろ?俺や有希、朝比奈さん、古泉がいない世界なんて考えられる か?」 そこまで言って気がついた。ハルヒは涙を流していた。 二日目3
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/894.html
涼宮ハルヒの追憶 chapter.6 ――age 16 ハルヒは気付いていた。 でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。 そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。 ハルヒはそれにも気付いていた。 そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。 長門は知っていたのだろうか。 朝比奈さんも知っていたのかもしれない。 古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。 そう、俺だけが気付いていなかった。 のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。 それの繰り返し。 俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は? 傍観者でいていいんだよな? その夜、そんなことをベッドに入り考えた。 あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。 学校へと向かう上り坂。 最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。 俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。 いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。 だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。 それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。 でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。 俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。 今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。 そんな俺が唯一できること。 それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。 そして、思いを馳せればいい。 みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。 その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。 夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。 後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。 デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、 野球に出たときのナース服。 どれもすでに必要の無いものとなっていた。 その気持ちはあの時の公園に似ていた。 長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。 団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。 でも、俺は待たないといけないんだ。 そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。 少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。 ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。 「ハルヒ……」 そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。 春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。 「キョン! 古泉君が……」 そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。 古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ? 「ハルヒ!」 俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。 「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」 「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」 予想が当たってしまった。 「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」 「前にキョンが入院してた病院よ」 ハルヒはやけに小声で話した。 「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」 「行きたくない」 「え?」 「行きたくない」 「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」 「じゃあ、手つないで?」 ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。 「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。 俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」 「うん」 「ほら、手を貸せよ」 そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。 ハルヒの手はとても冷たかった。 「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」 ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。 「まったく、キョンのくせに生意気よ! 団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」 と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。 「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」 そう言うとハルヒは突然走り出した。 そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。 「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」 「どうでもいいでしょそんなこと!」 そうして俺達は学校を出た。 俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。 ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。 どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、 俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。 ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。 長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。 それを自分のせいだと思っている。 そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。 不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。 でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか? 俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。 俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。 「ねえ、キョン?」 ハルヒは俺を見つめてきた。 「なんだ?」 「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」 「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」 「そうよね」 そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。 どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ? 「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」 「暗くなんかないわよ!」 ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。 痛い。苦しい。 ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。 「大丈夫だ」 俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。 ハルヒは俺の手を強く握った。 病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。 怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、 高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい (らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。 その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。 運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。 骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、 この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。 まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。 「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」 ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。 「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。 言っただろう、古泉なら大丈夫だって」 「バカキョンに言われたくないわ!」 ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。 「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」 「まったく、お前は調子がいいな」 よかったよ。ハルヒが笑顔になって。 「やれやれ」 俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。 「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」 そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。 「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに! こっちの気持ちも考えて欲しいものね」 ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。 逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。 看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。 無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。 ノックしてドアを開けた。 「古泉入るぞー」 俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。 古泉はベットに横たわっていた。 いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。 病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。 階は最上階で、風の通りもよかった。 部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。 「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」 古泉はこちらを見ると、 「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」 と言って、困ったような笑みを見せた。 「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」 「そうでしたね。当分動けそうにはありません」 「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」 これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。 「それはありがたいことです」 古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。 だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。 「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。 『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。 都市伝説かと思っていたんだが」 重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。 「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。 純粋に女性のことが好きです」 「古泉の女性の趣味って気になるな」 と俺は気にもならないことを言った。 でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。 「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」 「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」 「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」 古泉は少し困ったような表情を浮かべた。 「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」 ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。 というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか? そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。 「ん、どうした?」 「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。 一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか? 団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」 「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。 雑用係はキョンって決まってるのよ?」 古泉は俺と二人で話したがってる。 おそらくハルヒには話せないことなんだろう。 古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、 それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。 「お願いします」 古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。 「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ! 古泉君が怪我してるからだからね!」 「すまん、ポカリ頼む」 「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」 「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」 「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」 「もう!」 俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。 ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。 「行ってくるわよ!」 「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」 「まったくです」 古泉はデフォルトの笑顔を見せた。 「時間がありません、始めましょうか。 涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」 「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」 「やはり分かりましたか。 でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」 「そうだろうな」 そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。 「まず、あなたには謝らなければなりませんね。 部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。 あの時は僕も精神的に限界だったんです」 「いや、それはいい。俺も悪かったからな。 それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」 「荒川さんが亡くなられました」 古泉はそう、事務的に伝えた。 「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」 「理由は僕と同じです。高所からの転落です。 ……というのは半分は本当で、半分は嘘です」 「で、本当の理由はなんなんだ?」 「少し長くなりますが」 「かまわん。続けてくれ」 古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、 ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。 「閉鎖空間でのことです。 その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。 そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。 その日というのは、長門さんが消えた日のことです。 僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。 当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、 おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。 閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。 いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。 ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。 でも、そうはいかなかったんです。 『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。 安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。 僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。 荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。 そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、 そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。 僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。 そういえば分かってもらえますか?」 古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。 俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。 「ああ、分かるよ」 古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。 「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。 しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。 無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。 僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。 その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。 頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。 そして目覚めると、この病院だったわけです」 「そうか」 「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。 そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。 閉鎖空間は拡大する一方でした。 あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。 『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。 僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」 古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。 「それは怖かったですよ」 古泉は俺を見て笑顔を見せた。 「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。 『神人』は暴走を続けていました。 ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。 『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、 空間自体を破壊しようとしていました。 あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。 どうしようもありませんでした。 僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。 薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。 『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。 あれはなんだったんでしょう。 そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」 「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」 「そうか」 「また気がついたら病院にいました。 僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」 「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。 何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」 そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。 俺は何をしていた? 長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、 ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。 「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」 古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる? 「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」 「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」 と言って、古泉はまた笑った。 「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。 これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」 「頼む、俺は知りたいんだ」 「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。 現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。 理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。 閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、 空間は指数関数的に拡大し続けています。 長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。 朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。 これらから分かることは何でしょう?」 「何も分からん」 実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって? 「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。 なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。 そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。 前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。 物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」 こんなの俺でも知ってる。 「質量保存の法則かな」 「そうです。この世界にあるものは保存されるという、 ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。 では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。 昔から『機関』内では論争が続いていました。 ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、 またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。 そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。 人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。 ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。 涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、 パラレルワールドから引き出されたものではないか? 『機関』内では無視されましたが、 僕はこの意見がとても気に入りました。 『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、 この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」 「俺にはまったく分からないが」 古泉は俺を無視して続けた。 「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。 この世界とは時間も空間も違う存在。 これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」 古泉は少し興奮しながら言った。 俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。 それ以外は全く理解できなかったが。 「どう辻褄が合うんだ?」 「まず、これを裏付ける証拠として、 長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。 宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、 それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか? 次に、朝比奈さんもそうです。 未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう? 帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。 そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。 ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、 タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。 そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。 そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。 ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。 それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。 つまり、異世界での出来事なのではないかと」 「理屈は分からんが、 とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」 「そうです。それが第三の証拠です。 未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。 でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」 「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」 「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。 そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」 「なんでいるんだろうな?」 「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」 「ハルヒに会うためか?」 「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。 涼宮さんが能力を発するたびに、 この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。 これは何を意味するでしょう?」 「なんだろうな」 「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。 今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。 あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。 こう考えてみてはどうでしょう。 そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。 それは、閉鎖空間なのではないかと。 今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。 そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、 そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」 「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」 そう、俺は全く分からなかった。 だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、 俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。 「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、 僕は彼女を非常に憎んでいます。 それも殺してやりたいぐらいにね。 でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。 閉鎖空間は彼女の心そのものです。 そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。 僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」 古泉は俺をじっと見つめながら笑った。 俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。 静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。 「あの、中入っても大丈夫ですよ?」 ガランッ。 何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。 もしかして。 「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」 「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」 「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」 「早く追いかけないんですか? 涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」 古泉は嫌な笑みを浮かべた。 「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」 病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。 みんなで飲むつもりだったんだろう。 俺はその一つを病室のテーブルに置き、 古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。 病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。 一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。 顔を両手で覆っていた。 近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。 「聞いてたのか?」 「……うん」 ハルヒはひどく詰まった声で答えた。 「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」 「そうかもな」 俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。 「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。 でも、みんなと出会って、楽しくなってた。 今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。 でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。 大切なものはいつか別れる時来るの」 いつか別れる時が来る。 俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。 「だから、あたしは友達なんて作らなかった。 それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。 その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。 宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。 だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ? 楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。 あたしはまた手に入れて、また失った」 ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。 でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。 「あたし、古泉君に殺されるのかな? あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」 ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。 ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。 ハルヒ。 「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」 「キョンが言ったって、意味が無いわ」 確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、 ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。 「分かった。何も言わない。 ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。 時間が経って冷えるとまずくなるからな」 俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。 俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。 そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。 ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。 二十分ぐらいたっただろうか、 突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。 「ぷはっー!」 お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、 「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」 「おい、突然どうしたんだ?」 「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの? もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」 「あ、ああ。じゃあ、帰るか」 戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、 俺の手を引っ張った。 病院を出ると、空には月だけが輝いていた。 俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。 隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。 SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう? もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。 無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。 春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。 もうすこしでさよならだ。 虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。 突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。 それは一瞬のことだ。 突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、 そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。 「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」 訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。 「危ない! ハルヒ!」 「え? なに?」 俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。 なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ? 避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。 かなり大きい男? 「※※※※※?」 訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。 とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん! 「※※※!」 またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん! しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、 ナイフを吹き飛ばした。 そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。 「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」 ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。 だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ? いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、 ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。 まずい、近すぎる。避けきれない! ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。 目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、 手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。 「長門、だよなお前?」 そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。 「有希なの?」 「そう」 暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。 「今は時間が無い。事情の説明は後」 「情報連結解除開始」 そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。 「※※※!※※※※※※!」 そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。 長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。 「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。 当該対象の有機情報連結を解除する」 「※※※※※※※※※※※※!」 「んっ!」 目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。 長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。 が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。 「逃げられた」 長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。 右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。 よく見ると、少し悔しそうにも見えた。 「有希!」 突然ハルヒは長門に抱きついた。 「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの? 大丈夫なのその右手」 そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。 「これで、少しは血が止まると思うわ」 ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。 「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」 「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」 長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。 「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」 ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。 そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。 って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ! 「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。 記憶も何もかも全てそのままで」 「有希!」 ハルヒはまた長門に抱きついた。 「よかった。有希が戻ってきてくれて。 でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」 「そう」 「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ! あたし達を守ってくれたお礼よ!」 「分かった」 ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。 「なんだ?」 「そろそろ」 「なに―――」 「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」 遠くから愛らしい声が聞こえた。 やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ! 俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。 ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。 朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、 「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」 と言って、可憐な涙を拭った。 「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」 ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。 顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。 「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ? 長門さんが遅かったらって思うと……」 「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」 いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。 「みくるちゃんは未来人なのよね?」 「そうです」 って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ! 古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。 「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」 まあ、俺もすぐに気付いたがな。 それより聞いておかなきゃならないことがあるな。 「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ? ここの国の人ではなさそうだったが」 俺は平然と立っている長門に尋ねた。 「この宇宙ではない宇宙から来たもの。 通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。 この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。 でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」 「明らか意思か」 「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」 ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。 「そうなんです」 朝比奈さんは唐突に割り込んだ。 「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。 でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。 涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」 そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。 ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。 あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから! ハルヒは銃を下げると、 「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。 そいつらは危険なの?」 長門はハルヒをじっと見つめると、 「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。 でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。 これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」 長門は俺の方を向くと、 「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」 俺もか。 「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。 あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」 「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」 「大丈夫、情報操作は得意」 確かにお得意だろうがな。 はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。 「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった! もっといろんなもの持ち込まないと!」 ハルヒは乗り気だがな。 「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」 朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。 そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、 実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ? 「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」 「はぁーい」 朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。 やれやれ、好きにしろよ。 もう。 「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」 仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。 chapter.6 おわり。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1038.html
「おかえりなさいませ、ご主人様」 夕焼けで学校が赤く染まる頃、学校にようやくたどり着いた俺を待っていたのは、変態野郎からの気色悪い発言だった。 あまりの不気味さに、俺はその言葉を発した古泉に銃を向けたぐらいだ。 古泉は困った顔を浮かべて両手をあげて、 「失礼しました。いろいろつらい目にあったようですから、癒しを提供して差し上げようかと思っただけです」 「癒されるどころか、殺意が生まれたぞ」 俺はあきれた口調で、銃をおろす。まあ、本気で撃つつもりもなかったけどな。どうせなら朝比奈さんを連れて……う。 あの後、俺たちは北山公園を南下して無人の光陽園学院に入ったが、敵に動きが悟られないように、 そのまま数時間そこで待機していた。もちろんハルヒには連絡を入れておいたが。 俺はしばらく学校内を見回していたが、古泉が勝手に解説を始める。 「北高の方はほとんど無傷ですね。敵歩兵の襲撃もありません。涼宮さんに作戦失敗を印象づけるには、 北山公園に僕らが入ったのと同時に学校を襲うのがもっとも効果的だと思いますが、 どうして敵はその手を使わなかったんでしょうか。僕が相手の立場なら必ずそのようにしますがね。 ま、大体察しはつきますが」 「しらねえし、今はそんなことを考える気分でもないな」 古泉を無視しつつ、俺は学校内を歩き回る。どこにいるんだ? ふと、俺の目に学校の隅に並べられている黒い物体が目に入った。見るのもいやになるその形状は、 明らかに死体袋だった。あの中に谷口も入れられているのだろうか。 「死者52名、負傷者13名。これが北山公園攻略作戦で出て犠牲です。 死者よりも負傷者が少ないという事態が、今の我々の力のなさの現われかもしれません」 やや声のトーンを起こした古泉が言う。俺の小隊も合計16人の命が失われた。 鶴屋さん小隊なんて生き残った方が少ないし、ハルヒや古泉の小隊の損害もかなりあるはずだ。 と、そこでスマイル野郎が重苦しくなった空気を変えるようにわざとらしくぽんと手を叩き、 「ああ、なるほど。涼宮さんを探しているのですね。それなら、前線基地に詰めていますから、学校にはいませんよ」 「なんだと?」 古泉に向けた俺の表情は、鏡がないんだから確認しようがないんだが、どうやら抗議めいたものだったらしい。 めずらしくあわてたように、 「いえいえ、僕はきちんと止めましたよ。いつもとは違い、かなり食い下がったつもりです。 涼宮さんと言い争い一歩手前までいくなんて初めてでしたからね。閉鎖空間が発生しないかヒヤヒヤものでした。 しかし、どうやってもあそこにいると言い張りまして。ああなったら、てこでも動かないことは あなたもよくご存じでしょう?」 しかし、何でまた前線基地にいるんだ? 敵の襲撃が予想されるのはわかるが、 総大将がいる必要もないだろうに。 「何となく予想がつきますけどね」 古泉はくくと苦笑し、 「涼宮さんはあなたの帰還を学校でただ待っているなんてしたくなかったんですよ。 ぼーっとしているといろいろ悪いことを考えたりしますからね。何かして気を紛らわせたかったんでしょう。 あとは……」 古泉がちらりと背後を見る。そこには朝比奈さんが相変わらずのナース姿でこちらに走ってきていた。 「鶴屋さんのことを直接言いたくなかったんではないでしょうか。これはあくまでも僕の推測ですけどね」 「キョンく~ん!」 息を切らせて走ってくる朝比奈さんに、俺は激しく逃げ出したい衝動に駆られた。こんな気分は初めてだ。 「よかった……無事だったんですね……!」 感激の涙を浮かべる朝比奈さんに、俺の心臓はきりきりと痛んでしまった。この後、確実に聞かれるんだ。 鶴屋さんのことについて。 「本当に心配したんですよぉ……。学校からはなにも見えなくて、どうなっているのか全然わかりませんでしたから」 「ええ、いろいろありましたが、無事に帰って来れてなによりです」 「あ、あと、鶴屋さんは?」 この言葉とともに、俺は心臓がつかみ出されたのではないかと言うぐらいの痛みが全身に走った。 だが、次に朝比奈さんが言った言葉は予想外のものだった。 「古泉くんから聞いたんですけど、鶴屋さん、足を怪我してどこかの民家に隠れているんですよね? あたしもう心配で心配で……」 俺ははっと古泉の方を振り返ると、ウインクで返してきた。この野郎、しっかりと朝比奈さんに事前に告げておいたのか。 変なところで気が利きやがる。でも助かった。そして、つらいことをいわせちまってすまねえ。 「鶴屋さんは無事ですよ。いつものまま元気です。ただ、ちょっと動くには厳しそうなんで、 ばかげたドンパチが収まるまで隠れていた方が良いと思います。幸い、隠れ家には食料もあるらしく、 3日間隠れるには十分だそうですよ」 「無線とかではなせないんですか? あたし、鶴屋さんの声が聞きたくて」 俺はぐっとうなりそうになったが、ぎりぎりで飲み込む。 「えーあー、無線ですか、あー無線なんですけど、なにぶん学校から離れたところにいる関係で、 あまり連絡できないんですよ。敵に――そう敵に傍受されて発信源を突き止められたらまずいですからね」 「そうなんですか……」 がっくりと肩を落とす朝比奈さん。すみません、本当にすみません……! でも、朝比奈さんはそんな俺の大嘘を信じてくれたのか、 「仕方がないですね。みんな大変なんですから、あたしばっかりわがままは言えませんし」 「3日経てば、また会えますよ。それまでがんばりましょう」 何とか乗り切れたか。こんな嘘は二度とつきたくねえ。 と、朝比奈さんはいつものかわいい癒しの笑顔を浮かべて、 「あ、そういえば、皆さんご飯まだなんじゃないですか? 長門さんがカレーを作ってくれたんです。 ぜひ食べに来てください」 神経が張りつめたままだったせいか気がつかなかった。学校中を覆うカレーのにおいに。 ◇◇◇◇ 「食べて」 食糧配給所になっていた教室で待ちかまえていたのは、迷彩服の上に割烹着を着込んだ長門だった。 これだけ見ると、あの正確無比な砲撃の指揮官とは思えない。ちなみに朝比奈さんは作業があると言って、 またぱたぱたとどこかへ行ってしまった。 「すまん、もらうぞ」 「いただきましょう」 俺は紙製の皿にのったカレーを受け取ると、がつがつとむさぼるように食いついた。 よくよく考えれば、15時間近くなにも食べていない。戦闘中は携帯していた水筒の水ぐらいしか口にできなかったからな。 「おいしいですよ、長門さん」 こんな時まで格好つけたように、優雅にカレーを食する古泉。全くどこまで行っても余裕な奴だぜ。 しかし、長門は大丈夫なのか? 相当疲労もたまっているはずだろ。 「問題ない。身体・精神ともに異常は発生していない」 そうか。それならいいんだが、あまり無理はするなよ。 「今のわたしにできるのはこのくらい。できることをやる。それだけ」 「でも、あきらめるのが少し早すぎるのではありませんか?」 背後から聞こえた最後の台詞は俺でもないし、古泉でもない。どこかで聞き覚えがあるようなと思って振り返ると、 「なぜ、ここにいる」 長門の声。トーンはいつもと変わらないが、内面からにじみ出ている感情は【驚】だとはっきりと見えた。 声の正体はあの喜緑さんだったからだ。生徒会の人間であり、また長門と同じく宇宙的超パワーによって作られた 対有機生命体インターフェース……で良かったんだよな? 北高のセーラー服を纏っているが、 やたらとそれが懐かしく見えるぜ。 「私の空間・存在把握能力で確認した限り、ここには存在していなかったはず」 「この固定空間での時間座標で10分ほど前にこちらに来ました」 ひょうひょうと喜緑さん。ちょっと待て、最初はいなくてさっき来たと言うことは…… 長門はカレーをすくってお玉から手を離し、喜緑さんの元に駆け寄る。 「この空間に干渉する方法を有していると判断した。すぐに提供してほしい」 「残念ながら、それは無理です」 「なぜ」 「外側から必死にアクセスを試みて、本当にミクロなレベルのバグを発見することができました。 ここにはそれを利用して侵入しましたが、現在は改修されています。同じ手で、ここから出ることはできません。 思った以上にこの世界を構築した者は動きが速いです」 喜緑さんの言葉に長門はがっくりと肩を落として――いや、実際には1ミリすら肩を動かしてもいないんだが、 俺にはそう感じた。 「不用意。打開のための機会を逃したのだから」 「すみません。外側から一体どんな世界になっていたのかわからなかったんです。 まさか、こんな得体の知れないものが構築されているとは思いもよりませんでした」 めずらしく非難めいたことを言う長門を、あの生徒会室で見せていたにこにこ顔で受け流す。 「しかし、一つの問題からこの世界に介入することが可能だったのは紛れもない事実です。 なら、まだ別の方法が残されていると思いませんか?」 「…………」 喜緑さんの反論じみた台詞に、長門はただ黙るだけだ。 どのくらいたっただろうか。俺のカレー皿が空になったが、空腹感が埋まるにはほど遠くおかわりがほしいものの、 なんだか気まずい雰囲気の中でそれもできずにどうしたものかと思案し始めたくらいで、 「わかった」 そう返事?を長門はした。さらに続ける。 「協力を要請する。この空間に関しての情報収集及び正常化を行いたいと考えている。 ただし、私一人では効率的とは言えない。状況は悪化の一途をたどっているため短時間で完了する必要がある」 「もちろんです。そのためにここに来たのですから。お互い、意志は別のところにありますが、 現在なすべき目的は一致しています。問題はありません」 なにやら交渉がまとまったらしい。二人は食糧配給所の教室から出て行こうとする。 おいおい、こっちの仕事はどうするんだ? 「するべきことができた。そちらを優先する。現在の仕事は別の人間に変わってもらう。問題ない」 「砲撃の指揮はどうするんだ?」 「そちらは続行する。今持っている情報を精査した中では、私がもっとも的確にそれが行えると判断しているから」 長門の言葉にほっと俺は胸をなで下ろす。あの正確無比な援護射撃がなくなったら、 正直この先やっていく自信もない。しかし、一方でこの非常識世界をぶっ壊してくれるならそうしてほしいとも思うが。 「どちらも行う。状況に応じて切り替えるつもり。その時に最も有効な手段をとる。どちらにしても」 長門は俺の方に振り返り、 「私はあなたを守る」 ◇◇◇◇ さて、なにやら長門が頼もしい事を言ってくれたし、 少しながらこのばかげた戦争状態から脱出できる希望が見えてきたわけだが、 どのみちもうしばらくは俺自身もがんばらなければならないことは確実だ。 そのためにはいろいろとやるべきこともあるだろうが、 「台車でカレーを運搬するのを護衛するのは何か違うんじゃないか?」 「いいじゃないですか。腹が減っては戦はできぬというでしょう。これも生き延びるためです」 俺の誰に言ったわけでもない愚痴を、古泉がいつものスマイル顔で勝手に返信してきた。 今俺たちは、学校から前線基地へ移動中だ。別に散歩しているわけではなく、 2台の台車に乗せたカレー満載な鍋とご飯の詰まった箱を載せて、それを護衛している。 まあ、ストレートに言うとハルヒたちに夕飯を届けている最中というわけだ。 しかし、武装した10人で護衛して運搬するカレーとは一体どれだけの価値があるんだ。 「美味しかったじゃないですか、長門さんのカレー。犠牲までは必要ありませんが、厳重・確実に 涼宮さんたちに届ける価値は十分にあると思いますよ」 「それに関しては別に否定しねえよ」 実際にうまかったしな。腹が減っているからという理由だけではないほどに美味だったぞ。 護衛を担当しているのは、俺と古泉、他北高生徒10名だ。とは言っても、俺と古泉の小隊の生徒はいない。 さすがに疲労の色も濃かったので、今の内に休ませている。国木田もだ。今ここにいるのは、 その辺りをほっつき歩いていた生徒をかき集めて編成している。だんだん気がついてきたが、 生徒一人一人の戦闘における能力は全く同じだ。身体能力も銃の扱いも。そのため、生徒を入れ替えても 大した違和感を感じない。 そんな中、俺と古泉はカレー護衛隊の一番後ろを務めていた。古泉がこの位置を勧めていたのだが、 どうせ何か話したいことがあるんだろ。 「せっかくですし、お話ししたいことがあるんですが」 「……俺にとって有益なら聞いてやる」 「有益ですよ。それも命に関わる話です。ただし、内容はいささか不愉快なものになるかもしれませんが」 気分を害するような話は有益とは言えないんじゃないか? まあ、そんなことはどうでもいいが。 古泉は俺が黙っているのを勝手にOKと解釈したのか、いつもの解説口調で語り始める。 「まず、率直にお伺いしますが、あなたが生き残って鶴屋さんが亡くなった。この違いはなぜ起こったと思いますか?」 「俺は腰を抜かしてとっとと逃げ帰った。鶴屋さんは勇敢に戦い続けた。それだけだろ」 「言葉としては同じですが、意味合いは違うと思いますね」 どういう意味だ。もったいぶらないでくれ。 「敵は最初からあなたと鶴屋さんが植物園まで撤退することを阻止しようとしていなかったんですよ。 だから、あなたは犠牲者は多数でましたが、意外とあっさり戻れています。 これは、敵の目的は涼宮さんに自らの決定した作戦でぼろぼろに逃げ帰ってくる生徒たちの姿を 見せつけようとしていたのではないでしょうか」 「おい待て、それだと鶴屋さんもとっとと逃げれば死ななかったって言う気かよ?」 「率直に言ってしまえば、その通りです」 なんだかむかっ腹が立ってきたぞ。おまえは鶴屋さんの命をかけてやったことを非難するつもりなのか? どうやら俺の内心ボイスが表情に浮かんできていたのか、古泉はあわてて、 「いえ、別に鶴屋さんの判断が間違いだったとは言っていません。逆に、敵から主導権を奪い去ったという点では、 これ以上ないほどの英断だったと思いますね。おかげで敵は一部の作戦を変更する必要までできた」 「公園南部を散らばった鶴屋さん小隊を追いかけ回す必要ができて、さらにロケット弾発射地点を守る必要ができた。 そのくらいなら俺にだってわかる」 「それだけではありません。敵は鶴屋さんを仕留める必要に迫られたんです。 必死にあなたたちを鶴屋さんと合流させなかったのはそれが理由だと考えていますね」 「何だと?」 「敵は涼宮さんに逆らう――そこまで行かなくても反抗する人物なんていないと踏んでいたのでしょう。 見たところ、ある程度は涼宮さんとその周辺の人物の下調べも行っているようですし。 ところが真っ先に鶴屋さんは涼宮さんの指示を拒否して、自らの意志で行動した。 これはこの状況を仕組んだ者にとって脅威であると映るはずです。明らかに予定外の人物ですからね。 だから、あの場で確実に抹殺する必要に迫られた。今後の予定に影響を及ぼさないためにも」 古泉の野郎の言うとおりだ。なんだかだんだん不愉快になってきた。有益な情報はまだか? 「今、これを仕組んだ者はこう考えているでしょう。何とか鶴屋さんは抹殺できた。 ところがどっこい、今度は別の人間が涼宮さんに反抗――それどころかある程度コントロールした。 ならば、次の標的は当然あなたですよ」 古泉の冷静な言葉に俺はぞっとする。突然、周辺の見る目が変わり、その辺りの物陰に敵が潜んでいて、 今にも俺を狙撃しようとしているんじゃないのかという不安が頭の中に埋まり始めた。 「ご安心ください。そんなにあっさりとあなたを仕留めるつもりはないと思いますよ。 なぜなら、あなたは涼宮さんにもっとも影響を与える人物です。敵も扱いは慎重になるでしょう。 下手に傷つけて一気に世界を再構築されたら、元も子もありませんからね」 古泉は俺に向けてウインクしてきやがった。気色悪い。 まあ、しかし、確かに有益な情報だったよ。敵が俺を第一目標としながら、早々に手を出せない状態らしいからな。 うまく利用できるかもしれん。珍しくグッドジョブだ古泉。 「僕はいつもそれなりに良い仕事をしているつもりですよ」 古泉の抗議じみた声を聞いた辺りで、ようやく前線基地の到着した。 ◇◇◇◇ なにやら前線基地ではあわただしいことをやってきた。窓を取り外したり、どこからか持ってきた鉄板を廊下などに 貼り付けている。ハルヒはここを要塞にでもするつもりか? そんな中、ハルヒはトランジスターメガホン片手に指示をとばしまくっていたが、 「くぉらあ! キョン!」 俺の姿を見たとたんに、飛び出してきた。やれやれ、どうしてこいつはこう元気なんだろうね。だが―― 「あんたね! 帰ったなら帰ったと一番にあたしに報告しなさいよ! いい? あたしは総大将にして総指揮官なの! 常に部下の状況を把握しておく必要があるってわけ! 今度報告を怠ったら懲罰房行きだからね!」 怒っているのに、顔は微妙に笑顔というハルヒらしさ満点だ、と普通の人なら思うだろ。 でもな、付き合いが長くなってくると微妙な違いに気づいちまったりするんだ、これが。 ハルヒは運んできた台車上のカレー鍋をのぞきこみ、 「なになに? カレー? すっごいじゃん、誰が作ったの?」 「長門だそうだ」 「へー、有希が作ってくれたんだ。じゃあ、みんなで遠慮なく食べましょう」 ハルヒは前線基地の建物に戻ると、 『はーい! よっく聞きなさい! 何とSOS団――じゃなくて、副指揮官である有希からカレーの差し入れよ! いったん作業を止めて休憩にしなさい!』 威勢の良い声が飛ぶと、腹を空かした生徒たちがぞろぞろとカレー鍋に集まり始めた。 ただ、その中にハルヒはいない。 「では、僕はいったん学校に戻りますね。あとはお願いします」 そう古泉は何か言いたげな表情だけを俺に投げつけて戻っていった。言いたいことがあるならはっきりと言えよ。 俺は前線基地とされている建物の中に入り、 「おいハルヒ。せっかくの差し入れなのに食わないのか?」 そう玄関口に寝っ転がっているハルヒに声をかける。 「あたしは最後で良いわ。あんなにいっぱいあるんだし、残ったのを独り占めするから。 その方がたくさん食べられそうだしね」 「そうかい」 俺はヘルメットを取り、ハルヒの横に座る。 じりじりと日が傾き、もう薄暗くなり始めていた。がやがやとカレー鍋に集まる生徒たちの声が建物内に響いているのに、 「静かだな……」 「そうね……」 俺とハルヒは共通の感想を持った。 「あんなにいた敵はどこに行っちゃったのかしら。てっきりすぐにまた攻撃して来ると思ったのにさ。 ちょっとひょうしぬけしちゃったわ」 「来ないに越したことはないだろ。まあ、そんなに甘くはないだろうけどな」 ――またしばらく沈黙―― 「大体、何で連絡くれなかったのよ。いろいろ考えちゃったじゃない」 「何だ、心配してくれたのか?」 「あったりまえでしょ! 部下の身を案じるのは上官なら当然よ、トーゼン!」 ――ここでまた会話がとぎれる。そして、もう日がほとんど降りてお互いの表情も見えなくなった頃―― 「ねえ……キョン……あ、あのさ……」 「なんだ?」 「その……」 「はっきり言えよ。どもるなんて珍しいな」 ――それからまた数分の沈黙。俺はただハルヒが話を再開するのを待ち続け―― 「その……鶴屋さんなんだけどさ。なんか……言ってなかった?」 「何かって何だよ?」 「……恨み言とか」 俺はハルヒに気づかれないように、視線だけ向けてみる。しかし、もう辺りは薄暗く、その表情は読み取れなかった。 「そんなこと言ってねえよ。また学校で会おうだってさ。いつもと同じだった――最期まで」 「そう……」 ハルヒが俺の言葉を信じたのか信じていないのかはわからなかった。ただ、明らかに落ち込んでいるのはわかった。 いつものダウナーな雰囲気どころではない。完膚無きまで叩きのめされているような感じだ。あのハルヒが。 それを認識したとたん、激怒な感情がわき上がる。額に手を当てて必死に我慢しないと、すぐに爆発しそうなほどだ。 あのハルヒをこんなになるまでめちゃくちゃにしやがった。絶対に許さねえ……! ~~その5へ~~
https://w.atwiki.jp/akatonbowiki/pages/8457.html
このページはこちらに移転しました ハルヒ 作詞/カリバネム 凶暴な本音 見せてみたくて 君を探していた気がした 完全の意味も知らずにずっと 見つめていたのさ 何も知らされたくない 胸の理性で壊れた 不思議 だって甘くて 続けそうな日の魔法 今はまだ知らない君の秘密 焼けるようなおかしさ 軋むようなうれしさ 俺のすべて 溶けてゆく ネズミのような空の灰色で 何処までも行ける いつも枯れ果てながら だけど本気で夢見た 不思議 だって甘くて 続けそうな日の魔法 今はまだ知らない君の秘密 眠るように騒いだプラスティックのこの世界 出会う為に生まれたよ 君の願い事 春を思う事 生まれてきた事 全部 不思議 だって甘くて 続けそうな日の魔法 今はまだ知らない君の秘密 焼けるようなおかしさ 軋むようなうれしさ 俺のすべて 溶けてゆく 不思議 だって甘くて 不思議 もっと求めて 俺のすべて 溶けてゆく